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思い出の一曲

2010年10月03日 22:04

 こんつは、ハンキー・ドリー・ハンクです。
あー、思い出の一曲。思い出ね。
えー、昨夏、イベントのお誘いが来たとき、ヴォーカルのミックに「こん中で歌いたい曲あったら言って」とCDを渡しました。
当時、彼は休職中で時間的に融通が利いたんですが、当初の予定が二ヶ月あるかねーかで、バンドで各パートが「これどう?」っつー状況でもなく、ギターと歌以外はオケですから。
十年ぶりに再会してオリジナル曲作るのには時間が足りねーです。
なので、ハンパなオリジナルやるより既存の優れた曲をコンセプトに沿って演ったほーがえーだろ、と。
ま、お互い出し合って演目が決まったんですが、エルトン・ジョンのピアノ中心の曲を提示されたときはたまげたもんです。ええ、徹夜して音拾いました。
で、もっとたまげたのは、彼が最も歌いたがらないであろー曲を「これを歌いたい」と。
フェイス・ノー・モアのFrom Out Of Nowhere。

 フェイス・ノー・モアって日本じゃあんま評価されてねーですが、コートニー・ラヴが在籍してたり、ミクスチャーっつージャンルが出来る前の礎です。
んで、From Out Nowhereは「趣味はフィットネスとポルノ鑑賞」っつーマイク・パットンが加入した一枚目『リアル・シング』の一曲目です。
確か、フェイス・ノー・モアの曲はもう一曲CDに入れたんですが、バラード調よりメタルなこの曲をチョイスしたのにびっくりしました。
てか、シンプルな構成なんで、音拾うの楽っつーのも嬉しかったですが。

 結局、楽しみにしてたイベントは流れましたが、直後に再結成したフェイス・ノー・モアがライブの中盤を盛り上げるのにこの曲を演奏してました。
が、歌唱法を変えたからか、マイク・パットンは結構フェイクしてた印象があります。
これを見事にオリジナル・キーで歌ったミックに、須藤元気調に「凄いわ」と思ったもんです。
たった一年が大昔のよーに感じられますが、『リアル・シング』発表直後のマイク・パットンもすげーな、と。
いや、今でもすげーですよ。でも、クスリもやってねーのにキチガイじみた眼差しとかがね。

<From Out Of Nowhere/FAITH NO MORE>

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コメント

  1. ミック | URL | -

    たとえば夕暮れとサラサラヘアー

    音を楽しむから「音楽」と、当時我々の音楽スクール長であった小林亜星氏は語りました。本来、特には90年代からの日本国内における男性ヴォーカリスト達やらの導火線バァ~ン!(高音域よーいドン!)なビッグウェーブは小室哲哉も参入した女性ヴォーカリスト達をも取り込んで今だにカラオケ世界にも息づいております。 が、、忘れるくらい昔の、ある雑誌の毎回ヴォーカリストが変わる特集だか何かの「スーパーヴォーカリストに聞け!」というコーナーに当時、イエローモンキーのロビン・吉井和哉さんは高音域云々の風潮がある中で、音域についての記者とのやり取りで次のように語っていたのを星のように覚えています。
    「実際、僕なんか2オクターブも全然でないですからね...でも、じゃあその中ででも曲なんかいくらだって創れますから」...と。 すごく嬉しかった。彼が音域においては決して「スーパー」でないのにも関わらず、何故スーパーヴォーカリストとしてゲストで特集されているのか...そこには机上や数式や勉学ではない臭いかもしれないが彼のセンスや眼差しや声の質や心等ナドがスーパーな評価に値していたものであったから。。
    例えば、、~夕暮れ時にオレンジに染まりながら、サラサラな髪と小さな顔で、ブラックブーツカットパンツを履いてピタピタなブラックヴェルサーチTシャツでも着た全盛期な吉田栄作さんが、あるいは今でいうなら溝畑淳平くん(身体はまだ蒼いけども)が、、たった1オクターブ内でも、シットリとした艶のあるウェットなバラードでも歌ってくれたなら、、その世界観こそがKing。 僕が女性なら「結婚したいよ」。 そーいうのが(も)、スーパー。
    P.S.上記の服装世界でC・Kポスターのような世界観あるなら尚、結婚したいですよ。女性として生まれていたらの、話ヨ

  2. ハンク | URL | -

    Re: たとえば夕暮れとサラサラヘアー

    恥ずかしながら(いつもイカレたやりとりしてるんで。)すげーマジメなレスしていいすか?

    作編曲する身の見地からすると、聴く分には確かにハイトーン出せる人の曲って聴いてて気持ちいいわな。
    でも、吉井和哉のコメントと被るけど、原曲が「こいつ化け物」な歌でも、曲が良ければオクターブ下げたり、キー変えても(ロックの場合、キー変えるとギターのチューニング変えたりしなきゃならん場合もあるけど。)良い曲は良い。
    逆に無理して上擦ったり音外すくらいなら、歌い手の持ち味が出せる声域で歌ってもらった方がええ。
    よく触れるフィル・ライノットも声域狭いし、歌唱力も絶賛できるもんじゃないけど、自分の声と歌い回しをよく心得てて「このムードは出せそうで出せないよな」と思ってるし、よくあんだけ自分の声域を考えて仰山曲作ったな、と。
    クィーンにポール・ロジャースが参加してた時期があるけど、フレディ作の曲は「ちょっと違和感が」と思いつつ、真逆のスタイルで代表曲をぶれずに歌ってたのも凄かった。

    ハイトーン至上主義はロバート・プラントの功罪なんだろうけど、もはや中低域しか出なくても「巧い!」と思う。
    『レイジング・サンド』ってブルーグラスのアルバムを聴くに。

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