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フレディ・マーキュリーの映画が作られるそーです

2010年09月18日 21:19

【今日の記事はホモホモしいです。】

 こんつは、ハンキー・ドリー・ハンクです。
あー、フレディ・マーキュリーの生涯を描いた映画が制作されるそーですな。
んで、この手のもんは失敗が目に見えてんですが、無視できねーです。
気になるフレディ役はサシャ・バロン・コーエンだそーです。
ただでさえ映画観ない二十代だっただけじゃなく、今世紀に入ってからのは皆無に等しいんで「誰それ?」です。
aflo_mbza011311_large.jpg

もうね、飲み込もうとしたアイス・コーシーが気管に入って鼻に逆流しちまいましたよ。
いや、フツー、ニュース記事の参考画像にオフ時の写真使うか?っつー。
頭ん中で曲が流れましたね。

デレレレレンレン、デレレレレンレン♪
ヒー、ソォー、ゲイィ~♪
ヒズ、ベェリィベェリィ、ゲイ♪
(フランク・ザッパの「彼はとってもゲイ」。)


記事に「ある意味彼にぴったりかも」とか書かれてましたが、それならこっちだろっつー。
blog_import_4c3885d5771d9.jpg


 でも、ええんですかね?いや、最初の画像に対してじゃねーですよ。
フレディの生涯といいつつ、最後が1985年のステージっつー筋書きと、残ったクィーンのメンバーも制作陣に名を連ねて背水の陣敷いちゃって。
クィーンじゃなく、フレディに焦点当てるなら、Show Must Go Onをレコーディングするとこまでじゃねーと。
あの拍子のトリックで、終わりと「終わりはない!」っつー印象を与える壮絶な名曲で締めればええのに。

 翻訳者のせいか、はたまた執筆者の文体が元々そーだからなのかは知りませんが、フレディ・マーキュリーが最も愛した恋人による『フレディ・マーキュリーと私』は、淡々としつつ、冷静に考えると前半はオス臭さ満点です。
が、HIVポジティブであることが判明してから最後までは非常に興味深いです。
ノンケの僕がそー思うんですから、ゲイ・セクシャルのしとは色々思うとこがあるかと。
この本、世間一般で思われてるフレディの色んなイメージが変わります。
知られざる醜さや真摯な面が回想されとるんで。あと、お忍びで来日した際の写真も掲載されてますし。

 友達で、クィーンの『グレイテスト・ヒッツVol.1』がリリースされた際、選曲もさることながら、曲順も秀逸で「単なるベスト盤じゃない」と感嘆した奴がいます。
が、動くフレディ・マーキュリー見たら髭マッチョの暑苦しい奴があの服装で「なんだコイツは!」と愕然としたという。
因みに、1970年代は長髪、細身だった彼がなんであーなったかっつーと、恋人の好みだからだそーです。
既に世界的に知られた頃、行きつけのゲイ・バーにてフレディがナンパしたところ、「クィーン?僕はロックは聴かないから知らないし、太めが好みなんだ」と相手にされなかったっつー。

 一念発起したフレディは「あのクィーンのフロントマン」で落とせないなら、アイツ好みの男になってやる!と、筋トレしてあーなったそーです。
熱意に負けた筆者は、フレディと正式に付き合うことになるんですが、まあ、おセックスが激しかったと。
んなとこはとばしてですね、デイヴィッド・ボウイ、エルトン・ジョンと三人で、自分らのゴールド・ディスクにコカインのラインを引いて乱痴気騒ぎしたり、有頂天だった頃の裏話とかが記されてます。

 フレディがHIVポジティブであることが判明したのは、ジャンルを越えて有名になった頃みてーです。
恋人と痴話喧嘩して夜遊びした際に感染したという。
現在のよーに治療が発達してもいなければ、差別が凄かったわけで、かなりショックを受けていたと。
ついでに、この頃できた下肢の創傷が死ぬまで治らなかったそーです。
それ考えると、映像化されてるクィーン最後のコンサートでの動きは尋常じゃねーです。
僕も、ガチムチになってからの写真に「勘弁してくれ!」と思いましたが、突っ立てると意外と身長低いことが分かるのに、動き出すと大きく見えるっつー。
いやね、前回の記事でも触れましたが、服装や身のこなしって大事だな、と。
たとえば、ミック・ジャガーはコメディアンみてーなテロテロ・シャツ着てんのに、身のこなしでそれがカッチョよく見えちゃうんです。
でも、そのシャツ着てもそこらのバンド小僧は滑稽なだけですから。

 自宅に主治医を招いての治療と、自宅周辺に潜むパパラッチにストレスを感じてるとこにボロ車で身を隠してエルトン・ジョンがよく見舞いにきて話し相手になったり、恋人に散髪を頼むときに「禿げてるとこを目立たないようにしてくれ」と頼んだり、人間フレディ・マーキュリーの姿が記されており、売名行為的な本じゃねーと思いますね。
特に、恋人と最後に行った療養先で「もう治療は止める」と告白するくだりは映像にしたら美しいんじゃねーかと。
フレディ存命中の最後の作品となる『イニュエンドゥ』の意味深なタイトルや、メンバー全員で作曲するスタイルで完成させたっつー点をいろんな角度から考察することができます。
ただ、音楽作品として聴くと、「この重厚さはフレディの曲やね」とか「やっぱブライアン・メイの曲はのれるね」っつー楽しみはねーですが。
治療を止めてから死に至るまでは痛々しいんですが、衰弱しつつもShow Must Go Onを熱唱したとこで締めるのがええんじゃないかと思うんですがねぇ。

<Show Must Go On/QUEEN>


蛇足:未だに一般的にHIVに感染=ゲイ・セクシャルと決めつける風潮がある。
確かに確率は高いであろうが、異性間の性交渉が若年化、オープンになった現在としては「自分は大丈夫」とは安心できない。
以前、ライブで大学生の客が多いと聞きコンドームをばらまいたこともあるし、俺自身も自主的に、または消化器の内視鏡検査で強制的なものも合わせて五回は検査している。(幸いながら全て陰性。)
性にまつわることを書いているが、そういった経験もあり、エロ=くだらないもの、とは考えていない。
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コメント

  1. ミック | URL | -

    七色の空気

    フレディー・マーキュリーは新宿○丁目で何をみたのでしょうか..? タクシーで乗りつけて、「帰ってきたぜ!ふるさとへ!」と、シャウトしたフレディーさん。 ..あなたはなにをみたの?あの時。 僕はきったないオヤジさまと、すこしのイケメン、そして、イケない目的で○丁目にくる女性たちもみたんだ。。

  2. ハンク | URL | -

    Re: 七色の空気

    マジレスすると、フレディ・マーキュリーが二丁目を訪れたのが1970年代後半から1980年代前半なら、恐らく最も洗練されてた頃じゃないかと。
    でも、一緒に二丁目行ったの懐かしいなぁ。
    ホモけた顔して待ってんのかと思ったら、どこにでもいそーな輩が声かけを待ってんだもんなぁ。
    カルチャー・クラブにユー・アー・ショックだったわ。

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