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The one to live in edge

2010年09月14日 21:59

 こんつは、ハンキー・ドリー・ハンクです。
あー、先日、マリア・カラスのドキュメンタリーを観ました。
で、昨日「都合の悪いことを忘れるために酒を飲む」に至ったわけですが。
僕が「ちょっと、それやめて!」と思ったのが、マリア・カラスの母親の本来の願望は「金持ちの女優になることだった」で、それを音楽に才能があると判明した娘に投影させて「金持ちのオペラ歌手に育て上げようと思った」っつーとこらへんです。

 昔、オペラをやっていた女性とお付き合いしとりました。
彼女が声楽を志したきっかけが、母親が叶わなかった夢を娘に託したっつー。
彼女は、師事していたセンセーの下、某音楽の都で「ヘップバーンにそっくりな日本人が下宿している」と近所の話題になった美貌の持ち主でした。
ただ、美貌と実力だけじゃなく、上記ドキュメンタリーみてーに「この役は彼女にやらせよう」と抜擢されるのを待ってるんじゃなく、抜きんでるためには内定してる他人の役を横取りしなきゃいけねーことに疲れ果て、歌は諦めたそーです。
こり、職業作曲家もそーですね。
ま、市場がどうこうじゃなく、権威無き大衆音楽業界しか知らねーですが。
僕にゃ不釣り合いな組み合わせでしたが、そーゆーのとは別に「元気にしてるんだろうか」と心配しちゃった次第です。

 僕ぁ、親類の借金を親父と叔父が肩代わりして完済したため、幼少期にビンボーな家庭に育ちました。
んで、お袋も病気がちになり祖父母に預けられまして、その体験が「貧乏は嫌だ。金持ちになってやる」じゃなく「金は信用ならん。人を狂わせるし、居心地のいい庇も奪う」と思うよーになりました。
とはいえ、ビンボー育ちでどんなことしても金を手に入れてやるっつー考えはねーものの、ビンボーにコンプレックスを抱いておりました。
なので、よく彼女に個人的なことを話すとき「俺、貧乏育ちだからさ」とことわりを入れてた記憶があります。
で、それを聞くと、彼女は「私だってお金持ちの家じゃないよ!」と言いました。
住む世界が違うと思いました。確かに彼女は大富豪の家の出じゃねーでしょーが、僕からすると「大金持ちだよ」っつー家柄でした。
ホントに良い家柄に生まれると、成金根性がねーんだな、と。

 ここ二年くれー、身内の不幸が続きます。
多くは年齢的にやむなしっつーもんですが、ガキん頃に可愛がってもらったしとがいなくなってくのは寂しいもんです。
んで、食道癌の手術と、術後の抗ガン剤の治療における副作用で周囲から「次に身内で死ぬ奴」と言われ続け七年の親父どんの入院が長引いております。造血能力が著しく低下しとるんで、輸血しても腎機能が追いつくのを待って治療を続けとるからです。

 なんとかレンタル落ちを手に入れて再び見せてあげることが出来ましたが、親父どんは映画『地の涯に生きるもの』に拘っておりました。
アメブロ時代の記事で触れましたが、森重久彌主演による、小説『オホーツク老人』を映像化したもんです。
chinohate01.jpg
制作五十周年と森重久彌追悼でDVD化されてもええと書いた記憶がありますが、まだアナウンスすらされてません。
ちょっとびっくりしたのが親父どんの記憶力です。
恐らく、当時のVHSの規格による時間の関係からか、一部カットされてるシーンがあるそーです。
で、なんで、そんなに拘るかっつーと、三輪トラックでイカやらを三日寝ねーで北海道内を運んで「オヤジ、俺を殺す気か!!」と働いたり、北海道内だけじゃなく、北陸あたりまで漁師として出稼ぎに行ってた頃の思い出と被るよーです。
ま、ヒロポンが合法だったら、てか、合法でもドドドド田舎じゃ手に入らねーでしょーが、素面で三日三晩寝ねーっつーのは二十歳でもかなりこたえたと。
んで、当時駆けめぐった北海道内の風景っつーのが『地の涯に生きるもの』のよーに「何もねえ。漁期が過ぎたら人が住むとこじゃねえ」っつーもんだったそーです。

 最近知った話ですが、身内の長老曰く「昔は掘っ立て小屋で雑魚寝してな。蝿がたがって真っ黒なジャガイモば子供だちに食わせてたもんよ。それが、おめ、オヤジと息子二人の三人で稼いだ金で家ば一軒、現金で払っておっ建てた。たまげだたまげだ。あの勢いばバカどもがねぐしてしまったのは勿体ねえもんだった」。
えー、僕の実家は木造のもんで、リフォームしたことねーです。んで、珍しい高山植物やらが庭に植えられてます。
親父どんが引退した頃、市営住宅に引っ越したらどーかと打診しましたが、首を縦に振りませんでした。
なので、僕が帰省すると建設・建築を囓った程度ながら簡易な補修をするんですが、それだけでも暮らせるくれー頑丈な家を建てたっつーのは、金が無くなって親類が寄りつかなくなっても、そーいった思い入れがあるからなんじゃねーかと。
僕ぁ、恐らく結婚するこたぁねーでしょー。てか、今んとこ想像もでけんです。
なので、両親が亡くなっても、実家はそのままにしておくつもりです。

 話を『地の涯に生きるもの』に戻します。
昨日、昼間っから酔っぱらって夕方に改めて観たんですが、陳腐なナレーション(モノクロ時代のテレビのおける実況を想像してもらえばいいかと。)が気にならなきゃ、当時(1960年)としてはかなり金かけてんじゃねーですかね。
てか、子役と小熊が磯で戯れてるなんて、今じゃ危険で撮影できねーシーンかと。
以前も触れましたが、世界遺産に指定されてから封鎖された沢のシーンがあったり。
chinohate05.jpg
物語はシンプルで、一人の漁師が妻子を失い、漁期が過ぎると網にたかる鼠を駆除する猫の面倒をみる「番人さん」と呼ばれる老人の孤独な生活や過去の思い出を描いたもんです。
chinohate04.jpg
chinohate03.jpg
んで、最後はシュールに極寒の海に落ちちゃって絶命するっつー。
でもですね、当時まだ中年にさしかからねー森重久彌の演技が秀逸でして、弔辞を読んでた頃より味わい深い爺です。
由利徹、ロバート・デ・ニーロ然り、喜劇から始まった役者さんは懐深いな、と。
chinohate02.jpg

これ、ホント、リストアしてもDVDが限界だと思うんで、再発しねーですかね。
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