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スカム・フィクション5~濃苦山の金さん~

2010年09月09日 21:10

 時は江戸時代。

「あら、金さんいらっしゃい」

女将がそう言うや男の前に銚子を置いた。

「なんだい、女将。若いもんにゃ気前がよくって年寄りにはケチってか」

いつ来ていつ帰っていくのか誰も見たことがない、酔いどれ翁が愚痴る。
女将は煮物の具合を確かめながら言った。

「ツキがない奴に銭が巡ってこないようにね、ん、いい具合だね。ツケがある奴には酒は巡ってこないもんさ」

「けっ!そのうちな、俺の絵が大層売れて完済してやるっての!」

この翁、絵師であったが春画描きであった。

「毎日朝から晩まで飲んだくれてまともに描けるわけないさね」

男はこの店を気に入っていた。
このようにツケで入り浸っている翁も客として接していた。
こういった微笑ましいやりとりを眺めながら呑むことが、何よりの息抜きであった。
と、男の前に煮物が置かれた。

「はい、金さん、今日は味がよく染みてるよ」

仇討ちのように大根に箸を突き刺す。匂い立つ香ばしさを楽しみながら、冷めないうちに口へと運ぶ。美味い。美味いと思って食うものが美味いのではない。美味いものは食えば美味いのだ。

 銚子を二本空けたところで、お鈴が帰ってきた。
お鈴は女将の娘で、店の看板娘でもあった。

「ちょっと見てよ、母ちゃん、与七さんが活きのいい穴子をわけてくれたよ!」

燗をつけていた女将が檻の中を見る。

「こりゃ天ぷらにしようかね」

この店、女将の夫が亡くなって十年は経つが、親子二人で切り盛りしていた。
与七はお鈴に恋心を寄せており、また、お鈴もそうであった。
男は二人が店を継いで仲睦まじく暮らす姿が見たかった。

「そういやね、母ちゃん、与七さんに聞いたんだけど、一昨日上がった土左衛門、一番売れてた春画描きだったんだって」

男の表情がこわばった。

「お鈴ちゃん、ちょっと詳しく聞かせてくれねえかな?」

「あら、金さん来てたの?」

この男が何故、金さんと呼ばれているか?
それは、噂によれば金の玉に飾りを施した遊び人だからだという。しかし、男の金の玉を見た者はいない。女遊びはしなかった。

「あのね、岡っ引きが調べたらね、胸に刀傷があったんだって。売れっ子が殺されるなんて物騒よね」

男は下唇を舐めながら一瞬考え込んだ。まるで、奉行所の同心のそれであった。

「おかしいね、奉行所にろくでもない同心がいてね、ま、飲み仲間なんだが、酔っぱらって川に転落したってことになってるそうなんだけどねぇ」

「ほんとよ!それを見計らったように、今日から新鋭の春画描きが売り出され始めたのよ」

咄嗟に店を後にすることもままならず、男は一つ冗談を言うことにした。

「まあ、春画がなけりゃお鈴ちゃんでせんずりすりゃいい話でね。どうだい、一発ここでぬいてみようかい?」

お鈴は睨み付けて言ったものだ。

「冗談は顔だけにしといてよね」

「巷で噂の金玉飾りが見られるぜ?」

「絶対に嫌!」

男は女将に言った。

「女将、与七どんと早くにくっつけな。純なうちにな」

お鈴は与七のことを思い出したか頬を紅くし背中を向けた。
そこへ飲んだくれの翁が口を挟んだ。

「お鈴ちゃん、その新鋭の某って奴のを見せてくれないかね?」

お鈴は先刻とは違った恥じらいで一枚手渡した。
男は「今日のオカズはこれだ」と思った。一瞬のおなごの表情をも見逃さなかった。この男、筋金入りの戦擦使徒(せんずりすと)であった。

「ふん、この程度で売れるなら俺ぁ大金持ちさ」

女将が切り返す。

「ツキと才能は別物さね、口先絵描きさんよ」

「な、なにを!!よし、小童ごときに描けんようなもんを描いてやるわい!」

男は二人の諍いの隙にお代を置いて店を後にした。


 町は燃えていた。
風も湿る季節に珍しい火事であった。
男が駆けつける頃には、次々と延焼し、多くの火消しが集結していた。
その騒ぎのそば、暗がりで一人の翁が数人の男たちに囲まれていた。明らかに市井の町人の面構えではなかった。
そして、翁は行きつけの店に入り浸っている、その人であった。

「どけえい、俺の家にゃ、そこらの藪医者でも手に入らん蘭学書があるんじゃ!」

酒細りした翁に抵抗ができようか。悪党の一人が言った。

「爺!いや、鈴木艶雲さんよ、お前さんがその昔、そういった名前で天才あつかいされてたこたぁ知ってんだ」

鈴木艶雲。その昔、謎の浮世絵師として現れたが、その作品全てが春画であった。
その作風は、単なる性の捌け口としてではなく、そこはかとない風情と人体をよく研究、考察したものと評価されていた。
おそらくは蘭学の書物、南蛮の絵師の作品をよく研究した末の傑作であったと思われる。

「鈴木某(なにがし)なんぞ知らん!その日暮らしの俺の家がなくなったらどうしたらええんじゃ!」

「野垂れ死にだ。大体、お前さんがまた筆をとって春画を描き、艶本として売りだそうとしてたことくれえお見通しよ」

「くっ!悪党!」

悪党どもは声をあげて笑った。

「おい、悪党だとよ。悪党が悪党で何が悪い」

暗がりに潜んでいた男は呟いた。

「俺が知ったが最後。この世に悪の華は咲かせねえぜ」

男の名は杉良太郎ではなかったが、呟かずにいられなかった。
そして、悪党の一人が来ていた着物の紋様は栗花屋のものであった。
栗花屋は奉行所に出入りしている商家であり、他の商人よりも安く日用品を町人に提供していた豪商である。しかし、その裏に何が潜んでいるか男は以前から気がかりであった。


 明くる日、町内で配られたかわら版には、火事の詳細が記されていた。
失火の原因は、あの翁が酔っぱらって帰り、灯りを誤って倒してしまったのだと。
この証言は奉行所の同心によるものであった。
男は舌打ちしたものだ。

「土左衛門の件といい、今回といい、買われた奴がいやがる」

知らないふりをするというのも難しいものである。男は間の抜けた顔で店の暖簾をくぐった。

「あら、金さん!ちょっと、かわら版読んだかい?」

「いや、俺ぁ遊びに夢中でそんなもん、もらいもしねんだな」

女将は半ばあきれた顔で言った。

「もう。遊びもほどほどにしときなよ」

「で、なんだか大変そうじゃないかい」

「大変もなにも、昨夜の火事、この爺さんのせいにされてんだよ。あたしゃね、このろくでなしが火事よりあとに店を出たのを知ってるのさ」

翁、いや、鈴木艶雲は、まるで眼前にて親を殺された童のように小さくなり虚空を見つめていた。
男は言った。

「女将、それを奉行所に垂れ込んだらどうだい?そうでなきゃ、爺さんもこの町にゃ住めないだろう」

「遊び人は堅気の世の中知らないねぇ。居酒屋の女将がお奉行様に申し立てたって門前払いさね」

「そんなこたぁ、あるまい」

「この町の奉行所で出迎えるお偉いは、あたしらのことを鼻で笑って突っ返すのさ。知らないのかい?」

男は顔がこわばらずにいられなかった。

「女将、おあいそ」

「ちょっと、金さん、まだ煮込みが出来上がってないよ!」

「いや、ちょっと野暮用でね」

小指を立てると女将はあきれた顔で言ったものだ。

「どいつもこいつも、まあ、くそったれどもだよ」


 その夜のこと。男は豆絞りを被り、栗花屋の屋敷へ侵入した。
そこで目にしたものは、栗花屋と昨夜の火事場にいた悪党どもであった。

「おい、しっかり始末したのか?」

悪党の一人が答える。

「ええ、鈴木艶雲の蔵書、作品もろとも」

「で、鈴木艶雲は?」

「あのような飲んだくれ、いずれ野垂れ死にしましょうや」

栗花屋は激昂した。

「この、ばかが!とっ捕まえて、何故そのまま火の中に放り込まなかったんじゃ!」

「さ、さすがに、そこまでは...」

「使えん奴め!今からでも居場所を探して、命(たま)を獲れ!後始末はどうとでもなる」

そこへ男が石ころを放り投げたものだ。

「ちょいと聞かせてもらったが、今の話は本当かね?」

一瞬、狼狽しつつ、高笑いをする栗花屋。

「どこの盗人か知らんが、そうよ、せんずりに使われる金はばかにできんからな!わしがこの町のせんずり銭も独占よ」

「つまりはこうか、名の売れた絵師を消し、てめえらの息がかかった下手くそな絵師に描かせたもんを売って稼ごうと」

「盗人のくせに小賢しい!皆の者、であえであえい!」

雇われた浪人の用心棒たちが現れる寸でのところで男はたずねた。

「この前の土左衛門の件も、奉行所の一人を買収して事故に仕立てたのは本当かい?」

栗花屋は嘲笑するように言った。

「その程度のこと、わしには簡単なことよ」


用心棒らが男を囲む。
男の背後にいた用心棒が斬りかかり、咄嗟に身をかわす。

「ちょっと待て!斬りかかるのは正面と横から一人ずつだろ!」

男は時代劇という未来の活劇を何故か知っていた。
一斉に斬りかかろうとする瞬間、男は下半身を露出させ小便をまき散らした。

「おい、小便ひっかかったぞ!」

その隙をついて当て身で用心棒の囲みを崩す男。その、月の光に照らされたふぐりには、鮮やかな飾りが施されていた。

「へっ!てめえらの悪事はきっちりわかった。お返しに、この金の玉、しかと目に焼き付けておけ!」

騒動に気付いた町人が呼んだか、岡っ引きが門前に集結していた。

「くっ!皆の者、さがれさがれ!音を立てず隠れよ!」

この混乱の中、男はこっそりと屋敷の裏から垣根を越えて逃げたのであった。


 数日後、奉行所にて、束縛された栗花屋一味と、証人として居酒屋の女将、お鈴、与七、そして鈴木艶雲が白州に座らされた。

「艶町奉行、濃苦山汁衛門煩苦(こくやまじゅうえもんはんく)様、御出座ぁ」

デン、デン、デンデンデンデン....

現れた奉行。
女将が蝮にでも噛まれたかのような顔で言った。

「金さん!」

奉行は意に介さず、本件について読み上げる。

「栗花屋。以上の罪状に相違はないか?」

栗花屋はほくそ笑みながら答えた。

「お奉行様、無根でございます。この奉行所に出入りするものがまさか。僭越ながら、わたくしめを束縛するとは、この白州は侮蔑。お奉行様の進退に関わりまするぞ」

奉行は合図をした。

「同心、佐々木真之介を連れてまいれ」

笑みが消える栗花屋と一味。

「ふむ。確かに我が身にも責務がある。佐々木が買収されていたことを事前に察知していなかったことである」

奉行は縮こまる翁に遊び人の眼差しで続けた。

「その罪はあの老人、いや、鈴木艶雲の酒代と焼失した財産に見合うものを己の俸禄から支払う。ついでに、栗花屋、おぬしが蔵に蓄えていた財の一部もあてがおう。残りは火事にて家を失った町人に均等に配分する」

一味は狼狽していたが、栗花屋は再び不敵な笑みを浮かべた。

「奉行所に籠もっておりますれば、世間を知りませんな。この栗花屋、幕府とも取引がありまする。このようなことを冤罪と申しますのですよ?」

奉行は立ち上がり、白州へと降りた。

「詭弁!てめえらが罪を認めたこたぁ、よぉおく知ってらぁ。なあ、これに見覚えはねえか?」

奉行は袴をおろすと見事な飾りが施されたふぐりが露わになった。

「この悪党!すかした顔してりゃいい気になりやがって!この金の玉、覚えはねえたぁ言わせねえ!寝ぼけるのもいい加減にしやがれ!」

豆絞りの男が奉行であったことを知った栗花屋はうつむいたものだった。
続いて、証人として招かれた四名が証言を始めた。


 奉行は栗花屋の事案を総括すると言った。

「以上、この裁きを終える。異議ある者は申し出よ」

周囲を見渡した奉行は再び口を開いた。

「裁きはこれまで。ところで鈴木艶雲。住処は見つかったか?」

「あ、あ、いや、この落ちぶれにそのようなお気遣いは...」

奉行は遊び人の顔に戻った。

「得意の大口はどうしたい?女将もお前さんも相思相愛ってやつだったこたぁ知ってんだ」

この一言に女将は頬を赤らめたものだ。

「おなごとは不思議なもんだ。幾つになっても恋ってもんをやめられねえ。どうだい、女将、この爺と店をやるのは?」

「お、お奉行様」

「奉行じゃねえ、金さんだ」

「...実は、娘のお鈴と与七さんを見て若い頃を思い出し、話相手も欲しいと」

奉行は、ふぐりと竿を曝したまま言った。


「よし、町一番の煮込みを作る女将と、町一番の春画絵師の新たな門出だ」

次に、お鈴と与七に顔を向け言った。

「俺ぁ、長年、店に通っててだな、お前さんらがいつくっつくか楽しみしてたんだ。どうだ、与七、そろそろ嫁を娶ったらどうかね?」

両手で顔を覆うお鈴。そして、照れくさそうに男の顔を見ず言う与七。

「まだ、あっしは半人前の漁師でして、とても嫁なんざ...」

奉行、いや、男は与七を殴った。

「気取りやがって!毎晩、お鈴のことを妄想して、せんずりしとったんだろう!戦擦使徒の俺には、怒張した逸物のようによくわかる。娶らねば佐渡に流刑だ!」

沈黙する与七に男は続けた。

「この娘、おぬしが島流しにされても待っていよう。しかし、男と女。何があるかわからん。他の若い衆に横取りされる前に妻とせよ!」

以上のように、奉行は非道な輩を裁き、また、二組の夫婦を誕生させたのであった。
奉行の名は濃苦山汁衛門煩苦。またの名を、ふぐりに飾りをつけた遊び人の金さん。
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コメント

  1. Eve | URL | -

    私PCから間違ってコメントをメッセージの方に送ってるかも?…
    それらしきモノ来てました?
    もぅキー打つのホント疲れるわ(+_+)
    みんなこんなのサクサクやってたんだね…(-_-)


  2. ハンク | URL | -

    Re: タイトルなし

    > 私PCから間違ってコメントをメッセージの方に送ってるかも?…
    あ、記事の拍手ボタン押すと任意でコメント書けるんで、それ。

    > みんなこんなのサクサクやってたんだね…(-_-)
    そーゆー人に限って、多面的にPCで「出来ること・出来ないこと」を捉えて、一年もすると凄いことやってたりする。
    ともあれ、おめでとおめでと。

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