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笑わせるのも大変なんですね

2010年06月06日 14:35

 こんつは、ハンキー・ドリー・ハンクです。

あー、夕方から仕事とはいえ、日曜の静かな朝にゆっくりできるっつーのはええもんですな。

えー、先日、ラス・メイヤーのヴィクセンBOXを購入して、再びモンティ・パイソンのBOXセットが欲しくなりました。BOXセットの特典はバカにできんなと思い。

最初にDVD化されたときはばら売りもしてたんで、ビンボーな僕ぁ観たいスケッチが収録されとるもんから、余裕があるときに一枚ずつ買ってました。(当時、映画作品が三千円台だったが、『空飛ぶモンティ・パイソン』は5,800円だった。)

ほいだら、「有志の協力により、欠落していた部分も日本語吹き替えが復活!」と再度BOXセットが発売されました。

しかも、最初のより安い。僕ぁ、タモリの多国籍マージャンとかと一緒に放送されてた日本語吹き替えを観てた世代じゃねーですし、メンバーそれぞれ話し方も含めて演技が上手いんで、字幕で観たいファンです。吹き替えはあくまで比較対象として。

「んじゃ、買っちゃおう」と思ったんですが、吹き替え音声が加わったからか、画質が悪くなったと小耳に挟みました。

どーりで廃盤とはいえ初発のDVDが値上がりしとるわけか、と。



 結局、吹き替え版をスルーしてたら、またBOXセットが出ました。

『40周年記念』だそーです。なんか、ドアーズがリミックス版出すまで、何度も紙ジャケット仕様のBOXを度々リリースしてたの思い出します。

で、特典は「ジョン・クリーズのバカ歩きフィギュア」。いらねーですね。

ほいだら、他に特典ディスクがあり、テリー・ギリアムのアニメ集や、メンバーらが「これは流石にヤバイ」とカットした映像が含まれていると。

彼らが「ヤバイ」って思うのはどんだけのこった?と。

しかも、吹き替え音声はカットされてるとのことで映像の劣化はないかも、と。

モンティ・パイソン結成前に、メンバーそれぞれがレギュラーをつとめた番組のDVDが、あっつー間に廃盤になった苦い経験もあります。





【結成からTV放送開始まで】 

 元々、ジョン・クリーズが企画を持ちかけられた彼の番組だったそーですが、エリック・アイドル、マイケル・ペイリン、テリー・ジョーンズ、グレアム・チャップマンを加え、ひょんなきっかけでテリー・ギリアムがアニメーション担当(たまに本人もスケッチに登場した。)っつー面子になったという。

んで、「名前はどうする?」となり、「モンティ・パイソンはどうだ?」と。

「何故、オカマのニシキヘビ?」と。んで「番組名はオカマのニシキヘビによる、空飛ぶサーカスにしよう」と。

意図は「理解不能な単語の組み合わせと、内容を予想出来ない番組名は視聴者の興味をそそるだろう」だそーです。これに異論は出ず、最初の放送は深夜に行われることになりました。



 ロック・バンドでもそーですが、クレジットはメンバー全員でも曲作りはバラバラに行われることが多いのと同様、スケッチ(コント)の台本は各自で考えてから集まったそーです。

ジョン・クリーズはグレアム・チャップマンと、マイケル・ペイリンは大学時代から組んでいたテリー・ジョーンズと、エリック・アイドルは一人、もしくは他のメンバーと組んで。

んで、脚本が出来上がると、集まって構成を考えたりセリフ合わせをしました。

なので、スケッチを抜き出して観てもおもろいんですが、30分という制限の中に、緻密に計算された構成を練った結果ですから、番組まるごと連続して観たほうがおもれーです。

で、構成が決まったら、テリー・ギリアムに「こういうのやるから、なんか作ってきて」とアニメを依頼します。

ギリアムのアニメだけ念頭におかず構成を考えたよーにも思えますが、彼はその回毎にぴったりなものを作ってくるんでメンバーを信頼していたそーです。



【スケッチの傾向】

 ケンブリッジ大学出身の、クリーズ、チャップマン、アイドルは主に台詞と演技を組み合わせたスケッチを得意としました。

ただ、アイドルは孤児院にいた経験からか、一人で考えることが多く、言語学を専攻していたからか難解な言葉の羅列や韻を踏んだものが多いです。あと、音楽に造詣が深かったため、音楽担当でもあったよーです。

オックスフォード大学出身のペイリン、ジョーンズは動きを重視した台詞が少ないスケッチを作る傾向にありました。

なんでも、これはオックスフォードの演劇部伝統の芸風らしく、後にミスター・ビーンに引き継がれます。



 個人的にはクリーズ、チャップマン組のスケッチが好きですが、ペイリン演じる、オープニングとエンディングに現れる老人イッツマンは好きです。

イッツマンは何故かいつも苦境に立たされており、命からがらカメラの前までたどり着くと「イッツ!(はじまるよ!)」とだけ言い、スーザ(行進曲の御大。)の「自由の鐘」が鳴り渡ります。

んで、エンディングでイッツマンが再び登場し、結局逃げ切れず画面がフェイドアウトするという。

逆に、崖から放り投げられ(勿論マネキン。)「アアァ~ッ!ドスン!...イ、イッツ!」っつー回もあります。



【昨今の日本では再放送できそうにないスケッチ】

 よく「モンティ・パイソンは笑いに命がけだった」っつー評価を目にします。

これ、政治や宗教をテーマにしたもんが多いことも理由の一つだと思います。

例えば、チェ・ゲバラ、レーニン、毛沢東、カール・マルクス(これも偽物。)らを招いたクイズ番組で、絶対彼らが答えられない出題をしていじめたり。

スケッチ「自転車修理マン」の最後にクリーズがナレーションを担当してます。

「自転車修理マンはこれからも戦い続ける。共産主義者が世に蔓延ろうとも。...(激昂し)アーッ!アアァッ!この醜いアカどもめ!(テーブルを蹴り倒す)」と。



 他、「ドイツ哲学者チーム対ギリシャ哲学者チーム」でサッカーをするスケッチはまだしも、クリーズはナチスの高官に扮したり、明らかにアドルフ・ヒトラーなのにイギリスの市長選にヒルターなるそっくりさんを演じ、演説の仕方まで真似てます。

ただ、第二次世界大戦ものでドイツを小馬鹿にしたスケッチがあるため、ドイツでは放送禁止になるかと思えば、寛容だったよーで、粋に感じたパイソンズは、セリフを本人らがドイツ語で話すドイツ限定版も製作されました。(これも今は廃盤か?)



【パロディあれこれ】

 エリック・アイドルのアイディアにより、ビートルズのドキュメンタリーをバロディにした『ラトルズ~四人もアイドル~』が製作されました。

こりはポール・マッカートニーをはじめとするビートルズの許可を得てのもんです。

が、番組内では先日の記事で紹介したサム・ペキンパーの名前を勝手に使ったりするスケッチが結構ありました。

フランス映画をおちょくったスケッチとか、何故か映画のパロディが多いです。

たまにサルトルに会いに行くっつー回もありましたが。

恐らく、これらは当人らの許可は得てねーです。

でも、人気が出てきてからのもんなんで、逆に「おちょくられて光栄」と思ったしともいるんじゃねーかと。



【シリーズの傾向】

 初期シリーズは、現在のコメディアンに多大な影響を与えただけじゃなくてですね、万国共通で「ああ、思いつくよね」っつーネタが多かったんで日本人の僕は一番好きなシリーズです。

スパンを空けて、放送時間を変えながら第四シリーズ、第五シリーズになると、ちょっとキツイですね。熱狂的ファンの解説とか読まないと。

とはいえ、1969~1974年まで続いた『空飛ぶモンティ・パイソン』は好評のまま終了しました。



【ホーリー・グレイル】

 過去のスケッチを再演したものじゃなく、純粋な映画作品として1975年、アーサー王伝説を元にした『ホーリー・グレイル』を発表しました。

監督はテリー・ギリアムとテリー・ジョーンズ。

撮り方が異なるため諍いが起きましたが、ジョーンズは中世史等に造詣が深く、当時の衣装やらを低予算ながらメジャー作品よりも見事に再現させることに尽力したそーです。

ただ、このジョーンズ。見かけによらずかなり頑固だそーで、ギリアムとの諍い以前に、中期『空飛ぶモンティ・パイソン』の製作においてジョン・クリーズとも激しく争い、それでも折れなかったことからクリーズが一旦離脱した原因の一つとも言われております。

低予算で馬が雇えず、椰子の実を叩いた音で馬に乗って現れたことにするっつー演出が予想外にウケたことは結構有名なエピソードですね。



 『空飛ぶモンティ・パイソン』時からの問題でしたが、アーサー王を演じたグレアム・チャップマンは重度のアルコール中毒に悩まされており、午前中のうちにウィスキーの瓶が空になってることもあったそーです。当たり前ですが、台詞は忘れる、離脱症状で震えて演技が出来ない等々。



【ライフ・オブ・ブライアン】

 キリスト教圏で大論争になり、なんとか上映はされましたが本国ではTVでの放送はしばらく禁止された問題作を1979年に発表しとります。

監督は前回の教訓からテリー・ジョーンズ。テリー・ギリアムは裏方に回りました。

当初の主題に『イエス・キリスト』とエリック・アイドルが案を出したところ「流石にそれはマズイ」と「東方から来た賢者がイエスの隣の厩で生まれたブライアンが救世主と勘違いされる」っつー具体案に固まりました。

しかしながら、「いくら別人であって、コメディであっても無理」とスポンサーは尽く出資を撤回。

結局、理解を示したジョージ・ハリソンが私財をあてることで製作することができました。



 当初、ブライアン役はジョン・クリーズが名乗り出たそーですが、『ホーリー・グレイル』で見せたカリスマ性と雰囲気から、引き続きグレアム・チャップマンが主役ということで他メンバーも一致したそーです。

前回と大きく異なることは、チャップマンはアルコール中毒を克服し、磔のシーン撮影にて寒さのせいで風邪をひくエキストラが続出、医師でもあった彼は治療と投薬も行ったことです。



 上映を阻止しようとする団体の圧力、TV番組での討論等かなりの物議を醸し出しましたが、メンバーらは「ちゃんと作品を観ていない」と憤慨したそーです。

例えば、磔にされるシーンで杭ではなく敢えてロープにしたり、物語の冒頭で賢者の来訪に母親を演じるテリー・ジョーンズが「ウチのせがれは救世主なんかじゃないよ。お帰り」と相手にしないシーン等に込められた真意を汲んでいないと。

他、TV時代は平気であった障害を抱えた人物を描写する点もやり玉に挙げられたそーです。

笑いどころとしても、物語としても重要なシーンでマイケル・ペイリンはどもりが酷く、配下も笑いを必死にこらえます。これがイカン!と。

でも、これは彼の父親が言語障害を抱え、自身はそういったしとのための施設を運営してんですよね。



 この作品、日本でも長らくDVD化されませんでした。理由は分かりません。

ただ、DVD化に伴い、未公開映像を含む、本編のバックに「カットした理由」や「このシーンのここをよく見て欲しい」と言ったメンバーの解説付きディスクが特典で、「待った甲斐があった」と思いました。



【アメリカで通じるか?】

 1980年、アメリカで初となる、モンティ・パイソンとしてのライブをハリウッド・ボウルで行いました。

アメリカ人の笑いどころは異なる点で、緊張して挑んだそーです。

お馴染みのスケッチや、途中で挿入される人種差別ソングをアメリカ人の視点にした歌詞にする等の工夫がよかったのか、成功に終わったそーです。



【人生狂騒曲】

 1982年に上記ライブを映画として上映。翌1983年に「人生とは何か?」っつー哲学的なテーマをコメディとして描いたもんです。

しかしながら、先の二作のようなパワーは薄れ、個人的には駄作ですね。

で、何故かこの作品だけ、即DVD化されたりレンタル店でもよく見かけます。

最初の二作は権利の関係とか異なってたんでしょーかね。



【活動停止まで】

 モンティ・パイソンとして冬眠期間に入ったものの、各メンバーは専門分野で活躍が続きました。

クリーズは映画俳優として、ペイリンは人柄が良さそうな風貌や語り口からか、本国のTV番組の仕事等、ジョーンズは欧州の歴史研究で、アイドルは音楽関係で、ギリアムは語るまでもなく個性派映画監督として有名になりました。

ただ、チャップマンだけはショウ・ビジネスとは縁遠い生活だったようで、恋人と同棲しつつも(チャップマンは同性愛者だった。)経済的に困窮していたそうです。更に、癌を患ってしまい他界。

1989年をもってモンティ・パイソンは活動停止を宣言しました。





【再活動】

 結成四十周年を記念し、ドキュメンタリー番組が放送され、その中で活動を再開するするコメントを出したそーです。
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