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地の涯の

2009年12月17日 15:25

 こんつは、ハンキー・ドリー・ハンクです。

あー、先日、実家の親父どんから「年末年始は見たいTVがほとんどないからDVDでも見たい」と電話がありました。

何が見たいのかね?と聞きましたら、先月亡くなった森繁久彌の『地の涯に生きるもの』と。

これ、何年か前にもリクエストがありまして、そんときはDVD化されてませんでした。結構調べたんですが、一回もDVD化されてなかったです。

まあ、不朽の名作だからいつかされんべ、と思ってたら今でもされてねーっつー。なんかの権利関係でしょーか?

「知床旅情」が生まれた逸話とかもあり、定番シリーズの一作だと思うんですが。

「森繁が亡くなったから、追悼で近々DVD化されるんじゃない?」と言うも、「いや、VHSをDVDに焼いたもんでもいいから見たい」と。

VHS化されたのも大昔で、レンタルで在庫抱えてる店も少なそうなんで、ヤフオクをチェックしてみよーと思いますが。



 何故、親父どんがそこまで、その映画にこだわるかっつーとですね、スパルタンな祖父にこき使われて、本州は北陸、北海道は根室、釧路、羅臼と漁師として稼げるとこがあれば働きに行った体験が大きいみてーです。その後、ドカチンになったんですが。

「あのロケはよかった。真冬の北海道は、あの時代どこも何もねえ。そこに独りで冬を過ごす森繁の演技や回想もよかった。本当にああだったろう」と感慨深く語っておりました。

村上龍曰く「映画が嫌いなやつはいない」。僕ぁ映画は嫌いじゃねーですが好きでもねーですけどね。

ただ、そういった思い入れで作品を娯楽として愛することができるってのは羨ましいもんです。

でもですね、映画の審美眼に劣る僕みてーな奴だから断言できることもあります。

大昔の映画には感嘆すべき点が多々あります。



 地の涯っつーと、日本は一人の天才音楽家を生み出しております。伊福部昭です。

作編曲を学ぶ上で絶対避けては通れない一人です。

このしと、元は林業を生業としてたんですが、三十路を迎えて作曲家に転身した変わり種です。勿論、音楽に関することは独学です。

この経歴を知ったときは「すげぇなぁ」と思ったもんですが、実は十代の頃から独学で学んで作曲家としてもそこそこ名が通ってたみてーです。

でも、ヴァイオリンを思春期に弾けるよーになったりするあたりは天才肌ですね。幼児期から始めねーと形にならんですから。

伊福部センセー(もうね、独学ゆえか理論書はさっぱりだったが、発想とか影響を受けてるんで「彼」とか「奴」呼ばわりできないて。)の家は老荘思想(注)が根付いていたと聞きます。

僕も老荘に強い影響受けてますから、そこらへんも畏敬の念を抱いてる次第です。

あと、少年時代にアイヌ民族の集落を訪れる機会が多々あり、そこで目の当たりにした舞踏音楽やらから、ナショナリズムに根ざした作風を目指すきっかけを無意識に身につけたっぽいです。

センセーは普遍的な曲も遺しましたが、日本人特有の調子やらを豪勢なオーケストラ曲に織り交ぜた曲も多々あり、その拘りはまさに作曲家ですね。



 伊福部昭っつーと、クラシック音楽を聴かないしとにとっては映画音楽の大御所です。

最近の映画をDVDになっても見ようと思わない理由の一つに、売れっ子ロック・バンドやラッパーの曲を劇中のBGMにしてることが挙げられます。

大昔の映画は、無声のフィルムを流して、それにシンクロさせるよーに生録音したもんです。

それは洋画邦画問わず同じだったんですが、センセーの発想と熱意が凄いんです。

衝撃的だったのは初代ゴジラの第一作目です。当時のしとじともたまげたそーですが、僕でもたまげました。「ゴジラの一作目ってこんなにショッキングなの!?」と。

裏舞台で活躍する作曲家の扱いっつーのは今も代わってねーと思いますが、『ゴジラ』の音楽製作に振り分けられたスケジュールは約二週間だったらしーです。

あたり前ですが、センセーはガンギレしたよーですが。「話題作の音楽にこれって、作曲家バカにしてんのか!」っつー。

更に「この効果音どーしましょ?ゴジラの鳴き声どーしましょ?」と曲以外にも問題が山積みで、センセーは弦楽器でヒステリックな音を出したり、グランド・ピアノの弦を硬貨で擦ってノイズを出す等、後に常套手段になる手法を思いついて実践したそーです。

弦楽器で効果音っつーのは、ストラヴィンスキーからの影響だと思いますが、せっぱ詰まった状況で思いついたのは凄いことです。映像スタッフだった円谷 英二による内緒の協力もあったから出来たことかもしれませんが。



 ゴジラが完全に善玉化してからはともかく、一作目の『ゴジラ』は今見ると音楽がサイケデリックです。

今と昔じゃ俳優さんのルックスも演技の優劣は異なりますが、『ゴジラ』発表当時の邦画って俳優さんの演技が棒読みだったりします。

んで、すげー緊迫してるシーンなのに、そのやりとりだけ見ますと滑稽で笑っちゃいます。

そこでセンセーはキング・クリムゾンも真っ青な不協和音による曲の音量を大きくして臨場感を醸し出してます。

他にも、ゴジラに襲われる島のしとじとの恐怖心を煽るのに同様のことをしてます。観客にイメージを膨らませて映像以上のインパクトを与えるという。

これ、僕が数少ない「好きな映画」の一つに挙げる『スカーフェイス』に通じるもんがあります。

僕が感心したシーンで、アル・パチーノ演じるトニー・モンタナが肝っ玉を試されるためにコカインと現金の受け渡しの仕事を請け負うっつーのがあります。

取引は仕事を提示したチンピラ・ギャングとコカインを受け渡すはずの売人の双方にハメられ、見張りに連れてきた仲間の一人がバス・ルームに猿ぐつわされて吊されます。

んで、売人はチェインソウを持って、トニー・モンタナの眼前で仲間の腕、脚、首と切断していきます。

この後どーなるかはネタバレになるんで、観てないしとは観て欲しいです。

南米だけじゃなく、池袋や町田あたりに潜んでる某国のギャングもやりそうな手口ですが、最近の映画ならCG使ってホントに切断されるとこ見せたり、叫び声や切断される音を強調してインパクトを与えると思います。

『スカーフェイス』で用いられた手法は、相棒の怯える目つきとうめき声、バス・カーテン越しに飛び散る血の飛沫がトニー・モンタナに降りかかるだけのもんです。

アル・パチーノの「こんなもんにびびるかよ!」と思いつつ目を逸らしながら血しぶきを浴びる演技もあるんですが、全然、グロなカットが出てきません。なのに、劇中で最も残酷なイメージを覚えます。逆に後半のトニー・モンタナが「俺は女子供は殺らねえ!」と殺し屋の額を車内で撃ち抜いて血が飛び散るシーンのがリアルで残酷です。

はて、この差はいかに?

映像と音楽じゃイメージを膨らませる手法に違いはあれど、『ゴジラ』の音楽の音量を上げて恐怖感を醸し出す手法と『スカーフェイス』の視覚を利用したイメージ増大の手法は似てると思うんです。

そーいや、『スカーフェイス』の頃のアル・パチーノの体を二回り大きくすると昔の親父どんにそっくりです。

ガキん頃、日曜日に朝起きて「お父さん、遊んでよ」っつーと、テーブルの上に一升瓶が上がってて朝から飲んでるわけです。懐かしいなぁ。『スカーフェイス』また観たいですね。買っちゃおうかな。



日本狂詩曲 2.祭/伊福部昭





『ゴジラ』宣伝/伊福部昭





老荘思想:「道(タオ)」を標榜とした森羅万象に根ざした思想。老子と荘子が有名。荘子の有名なエピソードに「うたた寝をしていると、蝶になり中を舞う夢を見た。はて、蝶である己が本当なのか、目覚めた己が本当なのか」というものがあるが、他「森羅万象、植物にも魂はある」といった考えも示しており、伊福部昭が林官時代にそれらがどう影響したか興味があるところである。
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コメント

  1. tangtang | URL | 79D/WHSg

    1 ■無題

    スカーフェイスって音楽、ジョルジオ・モロダーなんだよねw フラッシュダンスのあとにスカーフェイス?って思った記憶がある(笑)

  2. ハンク | URL | 79D/WHSg

    2 ■Re:無題

    >tangtang
    >ジョルジオ・モロダー
    ディスコのセットに力入れてるから?
    挿入歌よりショックを表す音もシンセサイザー使いまくってたのが色んな意味でショッキングだった(笑

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