FC2ブログ

--年--月--日 --:--

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

思い出の一曲【Nineteen/Phil Lynott】

2009年11月10日 23:32

 こんつは、ハンキー・ドリー・ハンクです。

あー、実家の親父どんが入院しとります。今月中にまた帰省する予定です。

経過やらなんやらで「金を使うから帰って来なくてもいい」なんて、お袋どんやら親戚が言うもんですから、「よーし、そんなに俺が嫌いなら行ってやろーじゃないか、オマエさん」っつー気持ちからです。

いや、冗談抜きで、有給もねーですし、帰省する余裕なんかねーんですが、こう、いやーな予感がしたんですよ、いやーな。大体、僕の嫌な予感は当たりますから。



 今から約六年前です。親父どんが会社の健康診断で「要再検査」っつー結果が出ました。

それまで、「健康診断の前日はいつもより多く酒を飲む。それで異常がなければどこも悪くない」っつー奴だったんで、いやーな予感がしました。

親父どんは行きたがりませんでしたが、僕が「病を抱えた父親に付き添ってビョーイン行くって会社に休み申し出たんだよ。どーしてくれんのよ?俺の給料分払うかビョーイン行くか決めろや」と迫りまして、ビョーインに行きました。



食道癌が見つかりました



もうね、僕ぁギャンブル関係はホント弱いんです。だからなのか、ちらっとでも「こちゃマズい」と頭をよぎると、さっさと離れる習性があります。僕みてーな根無し草な奴って一発逆転狙って大失敗することが多いですから、このへんの、良く言えば臭覚、悪く言えばヘタレ具合は天性のもんだと思っとります。



 食道癌の手術は、腫瘍を切除するもんじゃなく、食道を全摘出及びリンパ節を全て除去する予定と医師に聞かされておりました。

一緒に医師の話を聞いてたっつーのに、親父どんは食道の一部を除去すると思いこんでたよーです。

ネットで、食道癌が膵臓癌等に次ぐ予後が悪いもんだと知った僕ぁ、健常な状態で、いや、もしかすると生きて故郷に帰れねーかも知れないと思いまして、親父どんの反対を押し切って帰郷するための切符を駅ビルの旅行代理店から買って渡しました。手術前の検査入院までの往復です。

案の定、僕の予感は当たりまして、還暦を迎えても筋骨隆々な状態で帰省する最後の機会になりました。



 手術と抗癌剤投与後の生き地獄を考えると、幸か不幸かろくな治療も受けず今も生きとります。僕なら自殺してますけどね。

手術は成功しまして、もう六年近く経ちますから根治したよーなもんですが、スケベ心で投与した抗癌剤の副作用で親父どんは原発で働いて被爆したよーな状態になりました。造血能力が著しく低下した状態です。

執刀した医師は関東、実家は北海道となりますと、予後の経過観察及びその後のフォローっつーと行き来は困難なわけで、結果、実家からバスで通えるビョーインに紹介状持って転院することになりました。

が、僕、実際会って話したんですが、そこのビョーイン、あー、函館中央病院な。そこの医師がテケトーっつーか、どーしよーもねーわけですよ。医師の実名はさすがに出しませんが。

んで、僕が「なんだ、あのヤブ医者は!」っつー以前に、通院が困難な状態に陥った親父どんは、「もう、いい。疲れた。もう止めよう」と死を覚悟したフレディ・マーキュリーのよーに病院に行かなくなりました。

ほいだら、今年の初春にいつ死んでもおかしくねーよーな状態で病院に担ぎ込まれました。

僕ぁ担ぎ込まれるまでの間、どこまで衰弱したか知りませんが、退院するとき迎えに行って、前回会ったときよりも痩せ細っていたことに驚きました。それより衰弱してたって、よく死ななかったね、と。

んなわけで「命は大事に使えば長持ちするもんだ」と言い、通院やリハビリを続けるよーに言いました。

てかね、医療費は高額医療制度のおかげで大半は戻って来ましたけど、手術したビョーインと実家を行き来した費用は保険とかじゃ出ねーですから。こっちも愚痴りたいわけで、その旅費や諸費用を僕ぁ借金したわけですよ。はっきり言って、僕の収入じゃ返済の目処が立たねーです。でも、もし僕に何かあるとすれば、それはいつか完済できるもんだと思います。できなければ、中学の担任に言われた「お前は何かを為すか野垂れ死ぬかのどっちかだ」だと思ってますんで。



 先月になりまして、親父どんがまた入院しました。九月に会った時は血色もよかったんで、ちょっと驚きでしたが、担ぎ込まれたら集中治療室に入れられてしばらく出てこねーという。

いやーな予感がしました。検査の結果、胃から出血しているとのことでしたが、それだけでICUに長らくぶち込まれねーですから。

ある程度回復し、実家近くのビョーインに転院したんですが、当人は「今日でも家に帰る」だの「あれが食いたいこれが食いたい」だのぬかしております。

お袋どんが医師から渡された治療計画書なるもんに記された診断結果を聞いてたまげました。



「貧血・急性腎炎・敗血症」



いやーな予感はいつでも当たります。

敗血症。骨髄の造血能力が低下しているっつーのに、敗血症。

原因になる細菌は色々あるでしょーが、敗血症と診断されれば、昔なら死を意味するよーなもんです。

お袋どんは「敗血症ってなんなの?」と首をかしげておりますが、放置しとくと臓器が急性的な炎症(劇症的な症状)を起こしてもおかしくないビョーキです。

だというのに、親父どんは治癒したつもりでお袋どんに八つ当たりしとるよーです。

僕ぁね、あったー来てあったー来て、帰省したら親父どんに病室で説教してやろーと思ってます。

敗血症を患い、ギリギリまで放置してるとどうなるかとか色々。てか、敗血症の影響か知りませんが、テメーがまだ若造だった頃みてーな考えでいることに腹が立つっつー。

恐らく、車の運転だけはピカイチで、赤木圭一郎にあこがれてレーサーになることが夢だった頃(実際、運転免許を手放すまで無事故。)の「長男故に稼がなければいけないが、本当は...」という思考回路になってんじゃねーかっつー。19歳の頃の。



Nineteen/Phil Lynott




この曲は、シン・リジィ解散後、ソロやニューウェイブと活動範囲を広めつつ売れなかったフィル・ライノットがソロとしてヒットさせた最期の曲だと思います。

奇しくも、フィル・ライノットは敗血症で他界しとりますが、これはシン・リジィ末期からで、それを治療せずにいたため手の施しようがなかったとも聞きます。
関連記事


コメント

    コメントの投稿

    (コメント編集・削除に必要)
    (管理者にだけ表示を許可する)

    トラックバック

    この記事のトラックバックURL
    http://soulkitchen03.blog130.fc2.com/tb.php/193-0736e474
    この記事へのトラックバック



    QLOOKアクセス解析
    上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。