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人の生き死に~親父編~

2011年04月28日 19:03

 こんつは、ハンキー・ドリー・ハンクです。
去る四月十一日に親父が逝去しました。
今年に入りやっとこ出そろった病名は、骨髄異形性症候群、悪性不良性貧血、白血病、慢性腎不全。
最初の二つは聞き慣れねーですが、いずれも特定疾患です。

 骨髄異形性症候群っつーのは、造血能力が機能しなくなるビョーキに思えますが、どーも遺伝子に傷がつくことにより赤血球や血小板ではないものを造って根治困難な貧血をきたすよーです。
悪性不良性貧血は、人によって眼窩からの出血も発現するおとろしいもんです。視界が真っ赤になるそーです。
で、骨髄異形性症候群の合併症として白血病を発症する確率が高ぇんで、この三つは早期に治療出来る状況じゃねーとセットみてーですな。(若年で体力もあれば骨髄移植や投薬といった治療の選択肢が多い。)
更に、「そうか、ババを引いたら俺もこうなるか」と覚悟させてくれました。
このビョーキ、主に原因不明ですが、因果関係が認められているものに「放射性物質による被曝」「抗癌剤治療の副作用」があるからです。
僕の親父は後者ですが、市井の僕らが前者を経験する可能性大ですから。

 市街地の総合病院ならともかく、ドドドド田舎の内科と外科しかねービョーインに親父は入院しとりました。
僕が帰省する数日前に脳梗塞を起こし、誰が誰だか判別できず、支離滅裂なことを話すと実家から連絡がありました。
脳神経外科があるとこなら、早急に投薬したでしょーが、そんな薬自体無かったと思います。(脳内出血や血栓は、早急な処置で一命を取り留めたり後遺症を緩和できる確率が高まる。)
なので、僕のことも忘れちまったと思い、急な帰省に乗り気じゃなかったです。
ほいだら、肺炎を発症しただけじゃなく水も溜まってるっつー続報が入りました。
医師の説明を聞かなけりゃわかりませんが、肺炎は免疫力が皆無な上に内臓から分泌されている毒素からくるもんでしょーし、水が溜まるのは心臓の働きが弱まっとる証拠です。
「見た目は元気」とのことでしたが、医師が「いつ容態が急変してもおかしくありません」と説明しなかったことが疑問です。

 ICUがあるビョーインならともかく、ドドドド田舎です。夜は付き添いが必要っつーんで、お袋どんに代わり僕が付き添うことになりました。
病室に入ると、親父は僕のことを認識できただけじゃなく、二人きりになると理路整然とした会話ができました。
叔父や叔母が交じると記憶が乱れましたが。
ただ、気になったのは四肢のいたるところに内出血の痕があり、両手にボクシングのバンテージのようにきつく包帯が巻かれていたことでした。
どーも、脳梗塞からくる麻痺に対してなのか、白血病からくる内部からの違和感・痛みからなのかベッドの柵に両腕を叩きつけたんだそーです。
んで、辛うじて止血はできても傷がくっつかねえっつー。
四肢の内出血も、血管が硬くなっており、点滴可能な箇所を探すことが困難なことを物語っておりました。
フツーなら全身管だらけだろっつー。

 理路整然とした会話っつってもですね、サイケデリックなスタッフをキメてるしとを相手に話す感覚です。
親族は「?」と思い、看護師はマニュアルに沿った語りかけですが、こーゆーときに昔の悪さが役に立ちます。
知覚が乱れている以上、放置は危険です。すぐ向こう側に行っちまいますから。
譫妄や幻覚、認知症における症状の一つですが寄生虫妄想(指先や口から虫が湧く等の幻覚。)が発現します。
ここで錯乱されると看護師数人がかりです。
とにかく話しかける。なんだかんだで15時間話しました。
親父の血圧がアホみてーに高くなってるんでハイテンションなのはわかるんですが、上188で意識が明瞭って尋常じゃねーです。

 朝から日付が変わるまで話した頃、看護師が血圧降下剤と向精神薬らしきもんを静脈注射し「これで大分落ち着くと思います」と出て行きました。
僕も前日に東日本大震災の余震で一睡もしてなかったり(電車が止まる可能性があるので始発までチェックしていた。しかし、余震とは別に強風や車両点検で二度電車が止まったのだが。)、飯も食わず素面で15時間以上の会話はしんどいわけで、床にマットレスを敷き横になりました。
ほいだら、親父がむくりと上体を起こしまして何か考えております。
僕ぁ慌てて「横にならんと疲れるぞ」となだめるも「ビールを買って家に帰る」と聞く耳もちません。
人間ここまで痩せられるのか?っつーどっちが臑だかわからん脚で立ち上がろうとしたんで、「夜中の一時にやってる酒屋なんかねえ。明日帰ろう」となんとか横にさせました。

 しばらく、いや、しばらくっつっても15分くれーですが、親父がおとなしくなりました。
が、「やっと注射が効いてきたか」と思った矢先、這って歩くのがやっとだった親父が、元気だった頃のよーに楽々と上体を起こして立ち上がろうとしました。
僕ぁ「ダメだダメだダメだ!」と制止しましたが、仁王立ちになった親父は今までとは違うよく通る声で言いました。

「もういいだろう。コンビニならやってる。歩いて帰れる距離だ。ビールを買って家に帰ろう」

出来レース状態の昨今じゃ見られませんが、階級を変えたり体調不良で減量に苦しんだと思われるボクサーがいます。
大体、早いラウンドでダウンしてスタミナもすぐ切れます。
が、終盤まで粘ると、それまでなんとかファイティング・ポーズをとるのが精一杯だったのが、急にスタミナ切れがブラフだったかのよーに澄んだ眼差しで立ち上がるのを稀ですが目にします。
よくある「本能で立ってます!」じゃなく、まるで憑き物が落ちたよーな佇まいです。
僕らファンは「まだやれるだろ」と思いますが、セコンドからタオルが投入されます。
親父はハサミで切らねーと交換できねー両手に巻かれた包帯を解き、ベッドから降りようとしました。
ここでこっそり親父を連れて抜け出すのはドラマや漫画の中だけです。
僕ぁ「許せ、親父」と言い、看護師を呼びました。
看護師三名が病室に到着するまで、目の前にいる親父に限界だの本能だの、そーいった手垢にまみれた概念を超越したもんを感じ戦慄を覚えました。

 看護師三名による大がかりな処置の途中、呻き声と同時に激しい痙攣発作に見舞われ、臨終まで痙攣発作を繰り返して意識が戻ることはありませんでした。
ただ、一回だけ、強烈な発作の後「どうだい、楽になったかい?落ち着いたかい?」と声をかけたところ、僕の顔に焦点を合わせて微笑みながら頷きましたが。

 容態が急変したのが土曜日未明っつーこともあり、精密検査は月曜日に行われました。
僕ぁ実家で仮眠をとってから医師の説明を聞くため早めにビョーインへ向かいました。
医師に呼ばれるまで、病室で看護師に発作の頻度と血圧について質問しました。
強烈な発作は無くなったものの、頻度は高まり、発作直後の血圧は上が190~210とのことでした。
僕ぁ翌日、一旦帰京する予定でしたから医師の説明を聞いてから帰京するかどーか検討することにしました。
ほいだら、発作の間隔が当初は三時間毎だったのに15分毎にまで縮まってました。
一睡もしねーで付き添ってましたから、発作が起こる前兆を把握できるよーになってたっつー。
ただ、お袋どんは看病疲れから風邪をひきまして、いや、風邪をひいてなくても一睡もしねーで発作の前兆を察知するのは無理ですし、親族に頼むのもどーよっつー。
いつ逝くかわかんねーのに。
と、また発作の前兆が発現したんで看護師を呼びました。

「大きめの発作です。血圧と脈を測ってもらえませんか?」

「...。呼吸が止まりました。でも、まだ心臓は動いてますから」

「え?」

医師が病室に駆けつけ、蘇生の準備に入りましたが僕ぁ心の中で「帰る支度をしようか」と呟きました。
医師の予想より親父の心臓はあっけなく停止し、お袋どんや親族が死亡確認のため病室を訪れ、看護師による霊柩車に乗せるための処置が始まりました。
その間、僕ぁ医師から亡くなる前の検査結果を説明されましたが、「よくもまあ。俺や叔父、叔母が駆けつけるのを待っとったのか?」っつー数値のオンパレードでした。
「これが通常の○倍」なんて説明を聞くまでもなく、ざっと見てどれだけヤバかったか瞬時に理解できました。

 近親者や友人の死は悲しいもんです。
が、あの意識不明に陥る寸前の仁王立ちが脳裏に焼き付いて離れず、生前よく言っていたことが思い出され「よし、帰るべ!」と声をかけて霊柩車に親父を運び込みました。

「人ってのは病気したり、素寒貧になったり先が見えね。だから人が人を笑っちゃなんねえ。馬鹿にしちゃなんねえ。明日は我が身よ」


 葬儀やら後日の法要やらで、親父の遺言に反する「はぁ?」っつー親族の主張に「不景気どころじゃねえ!来年にも北海道に放射性物質による二次被害が発生する可能性大なのに、形式にとらわれててどうする!無駄な金を使うな、使わせるな!」と憤慨しとる次第ですが、親父が最後に見せた毅然とした佇まいと明瞭な言葉を思い出すと、プンプンしとる僕やセコセコやっとる親族を高笑いしながら一蹴しそーに思えるのです。
喪が明けたら、これも遺言の一つだった、親父が飲み歩いた町を訪れて店にツケがあるか確認行脚する予定です。



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