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サントラが欲しい映画『プルートで朝食を』

2011年03月03日 21:49

【ダイレクトなネタバレはない。】

pluto.jpg『プルートで朝食を』<2006年公開>
監督:ニール・ジョーダン
出演:キリアン・マーフィ
リーアム・ニーソン
ルース・ネッガ
ローレンス・キンラン
スティーヴン・レイ
ブレンダン・グリーソン
ギャヴィン・フライデー
イアン・ハート
エヴァ・バーシッスル
ルース・マッケイブ
シャーリーン・マッケンナ
スティーヴン・ウォディントン
ブライアン・フェリー(特別出演)



 こんつは、ハンキー・ドリー・ハンクです。
あー、先日、ロリー・ギャラガーの1974年アイルランド・ツアーを収録した映画『アイリッシュ・ツアー』を紹介しました。
んで、その際、「ケルト神話やらじゃなく、アイルランド独立と以降の紛争をテーマにした映画」をいくつかピックアップしました。
で、そん中で、「これを同列にすると、アカデミックにヨーロッパ史に詳しい方から叱られないか?」と思いつつ、後述しますが「これもありでしょ」と『プルートで朝食を』もピックアップしました。
ただ、毛色が違うんで、他作品とスペース空けましたが。

 この作品、アイルランド独立を描いた『麦の穂をゆらす風』に出演してたキリアン・マーフィー主演つーこって義理で観たんですが、これが、まあ、よく練られとると感心しました。
『アイリッシュ・ツアー』にて、北アイルランド問題でカトリックとプロテスタントが対立、暴力による応酬が行われていた中心部ベルファストの映像が観られます。
なんでも、ロリー・ギャラガーは1960年代に結成したバンド、テイスト時代からベルファストでライブを行っていたからか、ひじょーに人気があったそーです。
観客はカトリック、プロテスタントが入り交じり、それ故IRA(アイルランド共和軍)が同胞もいる会場を攻撃できなかったっつー都市伝説みてーなもんがあります。
ただ、映画じゃ開演後のバックステージは厳戒態勢です。
ガチでヤバイとこで演ってたんだな、と。
そんな焦臭い時代のアイルランドとロンドンを舞台にしてんですが、『プルートで朝食を』は大雑把に三つの見方ができると思います。

1.単純にぶっ飛びつつポジティブでオサレな作品として観る。

2.1970年代にヒットした曲をBGMにしているが、そのセンスと映像のリンクの素晴らしさに注目する。

3.巧妙に仕掛けられた科白やストーリーを楽しむ。



 この映画が面白ぇと思ったのは、まず設定ですね。
アイルランドの田舎町に住む神父宅にパトリックっつー名の赤ん坊が母親に捨てられます。
アイルランドにキリスト教を広めた聖パトリックから頂戴しとるのは明らかです。
神父はこの子を保護し、養子に貰ってもらいます。
が、物心つく頃に性同一性障害であることが明らかになるっつー。
現在はともかく、当時なら「座敷に隠せ」っつー子が成長し、1970年代っつー英愛の関係がピリピリしとる時期に自分を捨てた母親を捜しに旅立つっつー。

 お涙頂戴の王道、「親探し」へ性同一性障害の主人公が旅立つって、一見「なんだよ、奇をてらってんのか?」ですが、僕が感心したのは主人公パトリック、自称キトゥンの性格付けです。
原作は翻訳されてねーんで、どこまでいぢったか知りませんが、非常に多面的な性格です。
まず、女性的な美の追究と、無意識な狡猾さが見受けられます。
物語の後半に覗き部屋で働くまで、一見して華奢な男だとわかる風貌です。
男だと知りつつ、彼女に対して恋心を抱く男が何名か登場しますが、唐突な展開に思えつつ「これは父性本能をくすぐられたんやね」と思えます。
こりは、「我が道を行く」っつー純粋さも作用しとると思います。
で、「心は女性」と思いこんで観てると違和感を覚えると思うんですが、何気に男性的な面もあります。
まず、ロマンティストな面、包容力を裡に秘めている点、女性的な強さで生きつつ内面は男性的な涙もろさがある等が挙げられます。

 キトゥンは、度々IRAの作戦会議等、真剣に語り合っとる場に居合わせることがあり、その都度「シリアス、シリアス、シリアス!なんでみんなそうなの?」と呆れますが、一番シリアスなのは自分自身で、その生き方がひじょーに真剣なのです。
おそらく、1972年のイギリスでのパブ爆破テロが起き、実は冤罪だったっつー事件とダブらせてると思いますが、テロリストと間違われ逮捕され、暴力で自白を迫られようがなにされよーが己に嘘はつかねーっつー。

 包容力は、理解者であり親友のチャーリーが妊娠するくだりでかいま見られます。
IRAの恋人の子を授かったチャーリーはどーするか悩みますが、キトゥンは恋人に認知させ産むことを勧めます。
が、どんどんヤバイ方向に向かっていく恋人にチャーリーは堕胎することを考えます。
つまり、遠からず父親が死ぬのをわかってる子供を産むべきではない、と。
チャーリーは、キトゥンに「もし、産んだらどうなると思う?」と訪ねると、キトゥンは「私みたいに不幸な人生になるわ」と、実はワケあって捨てられ、しかも女に生まれなかったことにうっかり涙し、「辛いだろうけど堕ろすことに反対はしない」と答えます。
その一言を聞いたチャーリーは、席を立ち病院を出ます。
このやり取りは男女のものだと思います。はい。
うっかり涙したキトゥンのそりは男性のものであり、瞬時に産むことに決めたチャーリーの判断は女性のものだと思います。
予想どーり、チャーリーは冤罪で一時投獄されたり恋人は密告者として仲間に銃殺されますが、衰弱して流産のおそれもある彼女の面倒を見て添い寝をして元気づけます。
ここらへんは男性特有の包容力だと思います。

 物語における最大の目的である母親との再会は果たされます。
で、その前に母親が暮らす家の前に少年一人。
話しかけると母親の子供であることが判明します。

「あなた、名前は?」

「パトリック」


ふてぶてしいガキがテメーと同じ名前だと知った瞬間のキトゥンの表情は、女でも男でもなく、人としてのもんです。
てか、この演技はキリアン・マーフィーすげーやっつー。

 物語のラストに、チャーリーが定期検診で産婦人科を訪れ、キトゥンも付き添うんですが、そこで種違いの弟パトリックが現れ、母親が妊娠したことを知らされます。
このシーンで一言(これが物語を集約していると思う。)、そして、キトゥンとチャーリー、弟と母親が病院のクロスロードを別々の方向に歩いていくシーンは「実際観てくれ」と。

 この作品は、音楽ファンじゃねーと賛否両論がありそーです。
僕ぁ、ケッコー色々聴いてきたクチだと思ってましたが、効果的に使われてるBGMの半分くれーが知らねーミュージシャンです。
ま、単に日本じゃヒットしなくて、実は1970年代に欧米じゃ有名なしとが多いのかもしらんですが。
僕が知っとるのだけで、ルーベッツ、ハリー・ニルソン、パティ・ペイジ、T.レックスあたりです。
作品のタイトルになった曲を書いたドン・パルトリッジに至っては名前すら知らねーっつー。
ただ、「ええ!?この曲って使い古されてんじゃん!」と思ったのがルーベッツのSugar Baby Loveでして、この曲だけは日本でも有名です。
運が良けりゃ、中古で彼らのオリジナル・アルバム(五作目にあたる『Baby I Know』あたりは傑作。)が手に入りますが、Sugar Baby Loveが有名すぎて輸入盤でも、そりを収録したベストくれーしか手に入りません。
んで、日本だけでも色んなミュージシャンがこの曲をカヴァーしてますから、冒頭のクレジットと同時に始まった瞬間「うわー、ベタベタやん!」と思いました。
感覚としてはCMやらで使い古されたフレディ・マーキュリーのI Was Born To Love Youが流れるよーなもんです。
が、見事に馴染ませてます。しかも、エンド・クレジット前にもリンクさせるよーに再度流れ、「巧い!」と膝を叩きました。
しかし、映画に疎いゆえに面白ぇと思いますね。
この監督、有名ではあるでしょーが、二十世紀末に日本で未成年の凶悪犯罪が立て続けに起こり、運悪くそりを想起させるよーな作品(『ブッチャー・ボーイ』。)を撮っちゃってて日本(倫理的に他国もらしい。)で上映されねー作品や、シリアスかつサスペンスな作品が多いからか本作も話題にならなかったらしいですが、色々と唸らせてくれた作品を撮ってたとは思いませんでした。
僕ぁ真摯な映画ファンじゃねーですが、観といて損はねー作品だと思いましたね。
とまれ、「ああ、この曲か!」なルーベッツのSugar Baby Loveを聴いてみましょーか。

<The Rubettes - Sugar Baby Love(with Breakfast On Pluto)>

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貴重な映像満載の映画『アイリッシュ・ツアー』

2011年02月24日 06:40

【本記事は、2011.2.7未明に酒酔いの乾きで目覚め、ゲイリー・ムーアの訃報を知り、タイプした記事をリライト及び大幅に内容を変えたものです。ついでに久しぶりにタイプしたので長い。これがアマチュアによるネット上での表現におけるメリットの一つだと思っている。また、別途書いたゲイリー・ムーアへの思い入れについての記事はアップするか未定。ただ、彼の作品との出会いがきっかけで、アイルランドについて色々と学ぶことができたことは感謝しているとここにも記しておきたい。】

irish tour<1974年公開>
監督:トニー・パーマー
出演;ロリー・ギャラガー(ギター、ヴォーカル)
ゲイリー・マックアヴォイ(べース)
ルー・マーティン(キーボード)
ロッド・デアー(ドラムス)
ドナル・ギャラガー(ロードマネージャー)
市井のファン





 こんつは、ハンキー・ドリー・ハンクです。
ゲイリー・ムーアが急逝したことにより、あることに気づきました。

ブームになったのにアイルランドについて、日本ではスルーされていることが多すぎる。


僕にゲイリー・ムーアを薦めた中学の教師は、彼が故・フィル・ライノットに捧げたアルバム『ワイルド・フロンティア』や『アフター・ザ・ウォー』収録のBlood Of Emeraldsみてーなトラディショナルな曲は好みじゃねーみてーでした。
僕ぁ一発で気に入りましたけどね。

 エンヤがNHKのアイルランド・ドキュメンタリーのBGMとして発表したアルバムはともかく、正式な1stアルバム以降は「なんちゃってケルト音楽」です。
いや、好きですよ。特に『シェパード・ムーン』は今でも最高傑作だと思ってます。
ただ、メロディや和声からアイリッシュ特有のアクをちょっと抜いてるかな、と。
ためしにダブリナーズやチーフタンズを聴いてみてください。
いかにエンヤっつーかプロデューサーが分かり易い作風や音にしとるか気付くことができます。

 日本人と生粋のアイリッシュってケッコー似とる点があります。
特にナショナリズムにおいて遠く離れとるのに似通った感覚を覚えます。
悪く言えば頑固者っぺぇとこですね。または島国根性。
たまに、近隣の某国とアイルランドを「虐げられてきた点が共通している」っつー理由で比較するしともいますが、アイリッシュは都合が悪くなると他民族のふりしたりするよーなこたぁねーよーです。
政経に疎い僕が書くのもなんですが、海外でも日本でも、欧米人からすると日中韓の区別がつかんゆえ、どこの国か訪ねられるこたぁよくあることです。
現政府の外交力が嘲笑をかうよーなもんですが(内政もな。)、「Japanese?」と聞かれるならともかく、間違われると脊髄反射的に答えます。

「No!I'm Japanese!」


日本人で何が恥ずかしいのかっつー。
もしかしたら、国家レベルじゃ鼻で笑われるよーな小国と思われとるかもですが、僕ぁ日本人であることを誇りに思ってますし、その根拠は素晴らしい文化が島国なのに無数に存在しとるからです。
よく「自称、方言推進委員会会長です」とのたまいますが、この狭い国に様々な文化や歴史があることが誇らしいです。
アイルランドもそーで、神話やらからわかるよーに、五千年以上の歴史がありますし、世界遺産に指定されているものもあります。
ゲイリー・ムーアもBlood Of Emeraldsで「生粋のアイルランド人」であることを強調しとります。
シン・リジィの代表曲の一つにEmeraldっつータイトルの曲があるよーに、降雨期が長いからか草木が枯れることが無く、空撮なんかするとエメラルドのように美しいが故にそー呼ばれ、アイルランドの国旗は緑が含まれてます。
偏見ですが、「俺は生粋のアイルランド人」っつーとIRA=情勢が報道されることが少ない日本故、爆弾作ってるテロリストっつーイメージがあります。
この先入観を払拭するのは難しいです。ま、日本人がちょんまげで忍法使うみてーな、もしくはメガネとカメラに七三分けっつー、一昔前のイメージに似てますが。
僕ぁ無信仰ながら仏教徒っぺぇとこがあります。キリスト教はさっぱりです。
僕みてぇなしとは仰山いると思われ、未だにアイルランドでカトリックとプロテスタントが対立しとると思っとるんじゃねーかと思います。
二十世紀末のテロが影響してか、イギリスの和解案を発端に、現在は双方妥協したりで着実に溝が埋まってきとるよーです。
冒頭に戻りますが、この点について日本じゃほぼ報道されねーです。未だに爆破テロと抑圧の応酬が日常茶飯事だと思い、一時のジョン・レノン状態な思考のしともいます。

 アイルランドや、他国と合作した映画はケッコーあります。
んで、独立関係や、内紛関係の作品はヘヴィです。
二十世紀末に本格的な捜査が始まり(事件当初はうやむやに片付けようとし、まともに捜査されなかった。)、昨年、英首相が謝罪した1972年の「血の日曜日事件」を再現した『ブラディ・サンデー』は観てると当事者じゃなく、無機質に第三者としてデモと命令に反して実弾で市民を銃殺する部隊の凶行を眺めている、不思議な気分になります。(日本では上映されなかったそうだが、DVDがホラーものの1500円シリーズで廉価版が数年前に発売されたことがある。何故、ホラーの括りかは不明。)
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昨今、この手の臨場感を醸し出す映画が多い気がするんですが、(ドキュメンタリー・タッチの手ぶれ等の効果はAdobeシステムのアフター・エフェクト等でも後で加工できる。)ベルリン映画祭で金熊賞を受賞したのに長らく廃盤なのは、前述のとーりイギリスとアイルランドの関係が良好になってきたからなのか、単に日本人にピンとこない内容だからか知りませんが。
ただ、事件だけはU2やジョン・レノンがSunday Bloody Sundayっつー同名異曲を発表しとるんで有名かと思います。

 見応えがあるのは二十世紀のアイルランド独立と、その後の内紛を描いたイギリスとの合作『麦の穂をゆらす風』、1974年に起きた冤罪事件を描いた『父の祈りを』ですが、前者は「カンヌ映画祭でパルム・ドール受賞か、どれどれ」っつー権威に弱いしとがうっかり観ると、鑑賞後に土手っ腹殴られたよーな気分になるんで注意が必要です。大体、テーマからしてヘヴィだっつーの。
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後者は泣けます。両者とも、ヨーロッパやアメリカで日本以上に話題になったみてーです。
逆に北アイルランド問題が最も深刻だったと思われる1970年代を描きつつ、オサレで上手に楽しい作品にしてみせた『プルートで朝食を』があります。
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ファンタジーや中世をテーマにした作品が多かったり、プッシュされる傾向がありますが、二十世紀にアイリッシュ・ミュージシャンが嘆いていた内戦やテロの背景を、ある程度知ることもできると思います。
遙か彼方の国の問題なんてどーでもええってことか、このシリアスな問題に触れた書籍は皆無ですから、映画を通して「何故、独立後に肉親同士でさえ諍いがおこる問題が勃発したのか?」っつー疑問やらが明らかになりましたし。
後述しますが、ケッコー日本とアイルランドって縁があるんですけどね。

 ドキュメンタリー映画として1970年代のアイルランド、余暇の営みを描いた作品がありまして、ロリー・ギャラガーの1974年におけるアイルランド・ツアーを収録した『アイリッシュ・ツアー』です。(やっと本題か。)
ステージ映像中心なんで、音楽DVDとして楽しむこともできる反面、映画作品としてレンタルされてねーと思います。
同名のCDも発表されとりまして、当たり前ながら、同じ音源でも音の迫力が映画より上なんで、どっちも持っておきてえとこです。

 フィルムの保管状態がよろしくなかったのか、「リストアしてくれ」と思いつつ、貴重な作品だと思います。
まず、前年に代表作とされるヒット作『ブルー・プリント』、『タトゥー』を発表した頃をピークとするファンが多く、その勢いを保ったままのステージをおさめとるからです。
マネージャーだった弟によると、もみあげからも予想できますが「髪型はエルヴィス・プレスリーを意識したものだよ」と。他、トレードマークのボロボロなギターを弾く姿も拝めます。(ここ数年で各年代ライブ映像等がDVD化もしくはお蔵だしされているが、以前は『アイリッシュ・ツアー』でしかステージを観られなかった。)
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次に、毎年恒例だったよーですが、ロリー・ギャラガーは北アイルランド問題の要であったベルファストでコンサートを行っております。平和祈願と問題に苦しむしとじとを勇気づける命がけのステージですね。下手すりゃ誤射されたり、うっかり無差別テロで車に爆弾しかけられるかもしれんのですから。
他、セットじゃなく本物の町並みも観られます。
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「ツアーじゃベルファストには必ず寄るんだ。客が最高だ。訪れるバンドは少ないけど」(ビビってるバンドへの皮肉だな。)
-ロリー・ギャラガー


「当時の情勢は非常に緊迫していた。(本作のために)撮影隊が結成されたがベルファストでの撮影隊の帯同許可が降りなかった。(首都の)ダブリンでも同じことがあった」
-ドナル・ギャラガー


 この作品、七年くれー前に買い、その後再発されたよーな気配はねーんで、既に国内盤は廃盤かと思いますが、現在輸入盤にてCDより安い値段で購入できます。リージョン・フリーです。
独白部分や、ギター奏法について語ったりしとるとこの字幕がねーですが、なくても楽しめます。
因みに、作中、エレキとアコギにおけるスライド・ギターのコツ、ピック毎で変わるカントリー・ブルースのノリについてレクチャーしてます。
下手クソな僕が書くのもなんですが、付け加えるなら彼のエフェクターを使用しないのにゴツイ音が出せるのは、太い弦をスタッカート気味に、倍音が鳴る寸前と倍音を鳴らすピッキングが肝だと思います。
スタッカートを多用するギタリストにリッチー・ブラックモアがいますが、彼は小鳥のさえずりのような弾き方です。
ロリー・ギャラガーは「ガッ!ギッ!ゴゴゴゴ!」です。フランク・ザッパもブルージーなソロの時は似たニュアンスですね。
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甘いマスクとは裏腹にボロボロのジーンズ、よれたフランネル・シャツ、塗装が剥げ落ちた汚いギターでステージに立つスタンスは、「俺も同じどこにでもいる男」と傲らないもんだと解釈できます。
事実、作品中、自身の考えを語ってます。

「大衆音楽は何度も再生できる。俺の音楽はそれができないものなんだ」

「売れ線狙いの曲を書くことはできる。でもやらない。チャート上位のミュージシャンにはなりたくない。(事実は、精力的な活動もあってかチャート上位にアルバム単位で位置していたので、「常連にはなりたくない」という意味と俺はとらえた。)TVやラジオに(頻繁に)出たいとは思わない。電源を落とせば終わりの世界だから。俺は散歩が好きだし、みんなと気軽に話したり通りでビールも飲みたい。(行動が制限される)セレブでリッチな生活に興味はない」
-ロリー・ギャラガー

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この点は同じアイリッシュながら、「ロック・スターとはかくあるべし」っつー美学のフィル・ライノットと異なりますね。
ただ、ライノットは、日本でいえば北海道よりちょっと広い面積の小国から「世界的に活躍できる存在になる」っつー野心がうかがえます。
事実、ヴァン・モリソンっつー先達がいましたが、彼はアイルランドから出ようとしなかったんで、高い評価を受けながらライトな音楽ファンは名前すら知らないしともいます。

 ロリー・ギャラガーは、アイルランドの最南端にある都市コーク育ちです。
アイルランドの主要都市=首都であるダブリンっつーイメージがありますが、それに次ぐ規模の都市です。また、悲痛な歴史があります。
農作物が育ちにくい痩せた土地かつ、収穫したものはイギリスが搾取してました。
そのため、痩せた土地でも育ちやすい品種のジャガイモが持ち込まれ、ジャガイモ栽培が農業の軸になった背景があります。
が、このジャガイモが病気のため枯れてしまう事態が続いたことがあります。
この大飢饉においてイギリス及び地主らが救済措置をとらなかったため、死者が百万人以上とも言われ、命がけで国を後にしたしとはそれ以上だったとも言われとります。
その「命がけの移民」を乗せた船が出航した港がコークにあります。
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多くは途上で亡くなったそーですが、現在、アイルランド系のしとが多いのは、避妊を禁じているカトリックだからかも知れません。
なお、本作冒頭及び途中挿入される日本海のよーな荒波は、カメラマンが波に呑まれそうになりながら命がけで撮影したものだそーです。
なので、レンズに波しぶきがぶっかかったものをそのまま使用しとります。
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 映画の中で、終演後のパーティにてギネスを飲みながら、ほろ酔いでロリー・ギャラガーがアコギをつま弾き、交代で集まったしとらが歌うシーンがあります。(監督が強要したもので、実はやらせ。)
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なんでも、絶頂期の頃は年に三百回以上のステージをこなしていたそーなんで、やらせとはいえ、貴重な一コマですね。
また、レッド・ツェッペリンのマネージャーがギャラガーをマネージメントしたいと打診してきたことがあったそーです。
もし、これに承諾していたら、尋常なスケジュールのツアーが組まれ、アメリカにも売り出しを企画されていたでしょーが、貧困層と変わらねー服装はロック・スター然としたものになり、曲もキャッチーな作風へシフトしていったんじゃねーかと思います。
が、とにかくこのしとも頑固者だったそーで、上述のよーな拘りがあるゆえ、自分の主張が通る弟を引き続きマネージャーにすると打診を断ります。
どっちがよかったかわかりませんが、過酷なツアーの最中でもファンには気さくに接するシーン、ステージからファンと握手したら放してもらえなくなり、フツーならムッとするとこで苦笑するシーンを観ると、やはり必要以上の成功より、口先以上にファンの前で全力を尽くすことをモットーにしてたんじゃねーかと思います。
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実際、ライブ盤にハズレがねーです。
『ライブ・イン・ヨーロッパ』、『アイリッシュ・ツアー』、『ステージ・ストラック』の三枚は、スタジオ盤やベスト盤を買うより「いやー、凄いな!」です。
ただ、彼の一番の夢はミュージシャンとして成功することじゃなく、子供が欲しかったとのことで、こりは叶いませんでした。(未見だが、最近発売された存命中の本人インタビューも含むドキュメンタリーにて、このあたりに触れられているのではないかと思う。)

 ストレス太りか、晩年は「あの優男が...」なルックスになっちゃいましたが、同時に肝臓を患います。
肝臓を壊したことがあるしとならわかりますが、横になっても違和感はあり、常に頭が後ろへ引っ張られるよーな重たさがつきまといます。
なので、患ってからの、1994年ツアーの演奏は精彩に欠けます。
自殺を考えることも度々あったようです。
このツアー中に倒れ、診断の結果、生体肝移植を行う以外助かる方法がなかったそーです。
んで、深酒や自殺願望に苛まされていることが関係者の間で周知されとりましたから、親友のゲイリー・ムーアはギター片手に見舞いに何度も足を運んだそーです。
この手のビョーキはいくら腕の良い医師でも、患者が弱気になっとると助からねーことが多いですから、ムーアも頑固者だったそーですが、義理堅いしとだと思います。
が、手術は成功したものの、二ヶ月後に合併症を発症。他界します。

 TVじゃ報道しねーですが、たまに新聞社のサイトでイギリスとアイルランドの和解がゆっくりながら進んでいるニュースを目にしますが、不安と危険が入り交じった1970年代の祖国、しかも治安が悪い町もツアーで回り、若者を勇気づけてきたロリー・ギャラガーが現在の状況をどう思いますかね。
こういった歴史的な変化っつーのは各政府及び機関の代表としての為政者らの協議が大きな影響を与えますが、ファンを煽動したり、政治的な発言もせず、ギターと歌だけでファンを勇気づけた気骨のしとの最も輝いていた時期を観られるだけでも良い映画だと思います。
ここ十数年で、どんどんU2もといリーダーのボノが胡散臭くなってきてますが、祖国に「外資企業を誘致(法人税が安いからか?)して経済的に成長したんだから、後進国に援助しろよ」と主張しつつ、テメーは税金対策(所得税率は高い。)にご執心っつーニュースとか読むと、日本人との共通点の一つである判官贔屓的思考もここまでくるとあきれちゃいますし、ロリー・ギャラガーの行動が眩しく思えるのです。
因みに、去年21年ぶりに来日したゲイリー・ムーアが、長らく来日しなかった理由の一つに「日本は調査捕鯨を行うから嫌いだ」っつーのがあったと聞き卒倒しそーになりました。
このしと、確か親日家だったと思うんですが、一体、どっからどー吹き込まれたのか?っつー。マジならこれも行き過ぎた考えですね。

 先に触れましたが、日本とアイルランドは意外なとこでつながりがあります。
まず小泉八雲が挙げられます。このしと、両親のどちらか(確か父親。)がアイリッシュです。
以前触れた、ホークウィンドでヌード・パフォーマンスを行っていたステイシアが、松江で行われた小泉八雲展に出展しとりました。
他の作家さんに比べて知名度があんまねー印象があったんですが、彼女のアトリエが故郷のアイルランドにあるっつー記事を読みました。つまり、彼女はアイリッシュだったと。
なるほどと思いました。
他、単なるインテリぶったもんじゃなく、俳句や日本の伝統文化をちゃんとした理由で大好きだと公言するしとも少なくねーです。
叙事詩のよーに長編詩を書くことが多いヨーロッパの詩人が、簡潔でメッセージ性が強い漢詩に感嘆とするのに似てます。
漢詩より更に短い言葉の羅列で伝えることができる俳句は、既存の「詩とはかくあるべし」に反感を抱いている詩人や文学者にとって理想的なもののよーです。
あと、直通便が無いうえ、飛行機嫌いだったロリー・ギャラガーは1970年代に三度も来日してくれてます。

【蛇足】
 先刻チェックしたところ、『アイリッシュ・ツアー』の国内盤はまだ在庫があり、更に来月ボーナス・マテリアルを増やした仕様で「没後15周年」としてリリースされるようだ。
本編の独白等は字幕がなくてもある程度理解できるが、おそらく今回も引き続き収録されるであろう弟でマネージャーだったドナル・ギャラガーとベースだったジェリー・マックアヴォイの回想コメントは興味深いので、英語力に自信が無ければ、来月発売のメモリアル盤を購入することを薦める。
また、昨今の映像お蔵出しは凄まじく、輸入盤はリージョンフリーで国内盤の半額以下で買える。
常連出演していたモントルー・ジャズ・フェスティヴァルの映像がまとめてリリースされたことには驚いた。
こちらは音質も良好で純粋な音楽作品として楽しめる。
個人的にお気に入りである『ステージ・ストラック』版のShinkickerの映像が観られて嬉しかった。


<Rory Gallagher - Shinkicker(Live1979)>



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ミッドナイト・ムービー

2011年01月30日 02:49

 こんつは、ハンキー・ドリー・ハンクです。
あー、三月にアレハンドロ・ホドロフスキーのBOXセットが出ます。
ただ、以前出たのと異なるのは、1989年公開の『サンタ・サングレ』が外されとる点です。
こり、輸入盤で手に入るエディションと同じかと思います。
一応「商業寄りかつ一作のみ製作時期が離れているから毛色を合わせるため」と解釈しとります。(その代わり、『エル・トポ』『ホーリー・マウンテン』の他、前回も収録された処女作『ファンドとリス』、新たにドキュメンタリー・ディスクと『エル・トポ』『ホーリー・マウンテン』のサントラCDが含まれる予定。)
初DVDん時はVHSと同じソースと思われ、特典インタビューくれーしか買い換える理由がねーんで、タロット・カードやらが含まれたBOXセットは「高っ!」でした。
一応、今回のBOXセットの発売が決まってから、一時は九万円くれーしたもんが値崩れしはじめとります。(前から書いているが、こういうことはやめて欲しい。)
確か、希望小売価格が二万五千円くれーだった記憶があるんで、ぼったくりもええとこです。
三月発売のは、Amazonだとディスカウントされて約一万円です。リーズナブルです。

 今回の再発は、昨今のTVの大型化かつフルハイビジョンの普及もあり、元々フルハイビジョンを想定してなかったもんをスクィーズしても画質が劣化しねーHDリマスターが施されとるそーです。
ただ、プレイヤーによってはリマスターと同等のアップコンバーターが内蔵されている可能性もあり、あんま有り難くねーです。(配給元がやったものは以前とどう違うのか違いがよくわからない。)
有り難ぇのは、HDリマスターと同時にアレハンドロ・ホドロフスキー監修のもと、デジタルでフィルムを修復しとる点です。
フランシス・フォード・コッポラの「ここまでやるか!」の次元までいかねーでしょーが、楽しみです。
ええ、昨年末に予約注文しました。
んなわけで、今日はこのドキュメンタリーだす。


Midnaight Movies『ミッドナイト・ムービー』
(2005年上映)

監督:スチュアート・サミュエルズ

出演:
アレハンドロ・ホドロフスキー 『エル・トポ』
ジョージ・A・ロメロ 『ナイト・オブ・ザ・リビングデッド』
ジョン・ウォーターズ 『ピンク・フラミンゴ』
ペリー・ヘンゼル 『ハーダー・ゼイ・カム』
リチャード・オブライエン 『ロッキー・ホラー・ショー』
デイヴィット・リンチ 『イレイザーヘッド』




 大まかな流れですが、「その昔、まともに上映すると酷評されたが、深夜にひっそりと儀式のごとく上映したところ、クチコミで人気に火がつき連日満員にいたった作品群があった。それらをミッドナイト・ムービーと呼んだ」っつーとこでしょーか。
で、僕がリアル・タイム世代であろーが、日本じゃこーゆー文化はねーですから、各作品の監督や、劇場の関係者等の証言は興味深ぇです。
ただ、個人的に『ハーダー・ゼイ・カム』が深夜上映で有名になったのは意外でした。
ここらへんは世代ですよね。ドアーズ解散後、白人のバンドでレゲエのリズムを取り入れたの初のミュージシャンが元ドアーズのロビー・クリーガーとジョン・デンズモアを中心にしたバッツバンドだと言われとります。なので、ポップ・ミュージックに影響を与えた作品って認識です。(キース・リチャーズより早い。CD化してくれ。)

 でね、最初に「深夜にこっそり上映してみよう」っつってプログラムに一行タイトル記したら連日スタンディング・オベーションだったのが『エル・トポ』だったって。
が、前回の記事で津軽弁を話せるが故、懐かしくなり、高橋竹山の津軽弁による自伝を読み直しました。
「確かに!」と思った点あり。

 なんでも、ジョン・レノンとオノ・ヨーコ夫妻は『エル・トポ』の上映権を買い取り、そこまではよかったんですが、大きなハコで上映したら大失敗したっつー。
こりね、シチュエーション違いますけど、高橋竹山がおもれーこと言ってます。以下要約。

「歌と三味線で恵んでもわらなきゃならんから、門付け芸人は誰も本気で唄うこたない。体がもたない。だから、米なんかを恵んで貰えそうなら歌い出すけど楽に歌う。本気で歌っても適当に歌っても、恵んで貰える量は同じだから。それを聴いた歌好きな人は歌い方を真似する。そんな全然駄目なものが有名になると、やれ芸術だと評価される。そんなものは芸じゃないんだ」


『エル・トポ』はアレハンドロ・ホドロフスキーが作りたくて撮ったもんで、「これをアメリカで上映させたい」と思ったそーです。
で、小規模なハコで深夜にガンジャ焚きながら観るために連日満員(当時、深夜上映に限り大麻の喫煙が暗黙の了解だった映画館がいくつかあったようだ。)だったのに、「これは素晴らしい作品だから観ろ!」と強要したら酷評食らった上に客も全く入らねぇっつー。
「芸術とはなんぞや?」っつー点は偉そうに書けませんが、僕が文章書くようになってから思っとりますのが、誰でも彼でもイエスマンみてーに賛同してくれて、褒め殺しみてーなコメントつけてくれるのは嬉しかねーです。
たまに「お、鋭いね!てか、そーゆー見方もあるわけか。んー、なるほどねぇ」なんて私信やコメントがつく方が嬉しいっつー。
100人より1人。
カルト映画っつーのは、そーいった側面が強いがためカルトと呼ばれとるんじゃねーでしょーか?

 このドキュメンタリーを観て、ウゼエと思ってた輩が更にウゼェなと思ったのが、カルトっつーかB、C級映画を好む映画ファンが、マイノリティ、いや、スノッブ気取りで「この作品の見方はこうだ」っつー説教たれる風潮ですね。
各作品の監督や関係者は「こうやって観ろ!」とは強要しちゃいない。
けど、作品だけじゃなく制作者の考えまで勝手に理解しとると思いこんどる輩はテメーの考えを他人に強制しがちっつー。
作品がファンの手によって不朽の名作になってくのは好ましいでしょーが、食い物ならラーメンみてーなもんを「こう食わなきゃ駄目なんだよ!」と説教されてるみてーでアホらしーっつー。
個人的な趣味ですと、ホドロフスキーのどこがどう好きか?と問われましても理屈じゃ答えらんねんーです。
ただ、言えることは一回観ただけじゃ切れの悪い糞みてーなもんだっつーこってす。
『イレイザーヘッド』にしても「素面でも観たし、紙食っても観たし。でも、どんな状態じゃなきゃ楽しめないって断言はできないよ」としか言えねーです。
んなわけで、サッカー観とるしとが多いと思われるときにミッドナイト・ムービー。

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俺は津軽三味線が好きだ。んなわけで、映画『竹山ひとり旅』

2011年01月25日 23:36

【今回は東北弁、特に津軽弁が頻繁に登場します。初代・高橋竹山に敬意を表し。】
(酔いつぶれなければ津軽及び東北弁の箇所は最後に標準語に翻訳したテキストを掲載します。)

ベベーン!...ベベベベンベンベン!ベベン!

ざっぱーん!(波の音ですね。)

 こんつは、ハンキー・ドリー・ハンクです。
あー、わの生まれは北海道のさびれだ漁村せ。
だども、お父の仕事が内地だはんで物心ついだ頃には東京さいだ。
それが、なんの因果かまだワラスの頃に故郷に戻ったんだ。
ほれ、田舎だべ?内地、特に関東から来た転校生ったらいじめのターゲットさ。
おがしな話だえな、都会から来たやづば「プライドたげぇ。いい気になんな」だなんて言うくせに、一番プライドが高ぇのは田舎のやづらだ。
わが自活するために地元ば離れだ理由の一つだども、ワラスの頃から悪知恵だらあったすけな、いじめられねようにする方法はすぐわがった。
郷には入れば郷に従えって昔の人はうめぇごど言ったもんだね。
故郷に戻っただけでねぐ、わしは婆っちゃに預けられだ。したはんで、故郷の方言は昼間は学校、えさ帰ったら婆っちゃからってわげで英才教育さ。
わの故郷っていろんたとこから人が移住してだ。
例えば、お父のご先祖様はは北陸から来たし、お母のご先祖様は九州さ。
お父は越中の富山衆がルーツだったえんたども、お母は由緒正しき武家だって話だ。

 不思議だもんで、わの故郷はいろんた方言が入り交じってだども、津軽、南部、それだげでね、ぐっと下がって宮城、岩手、福島の方言もあるべし、日本海に顔ば向げで新潟あだりの匂いもあるでな。
だども、津軽から嫁っこば貰ったえが沢山あったすけ、津軽弁がベースになったんだべな。南部の方言もよぐ使うけどな。
津軽から嫁ば貰ったえは羨ましがられたでな。
オメ、漁師して魚ど昆布ば採ってだで、嫁の実家からはアッパが林檎だ米だって冬になれば送ってくんだもの。
同級生でお母が津軽から来たえさ行けば、店で買えねえんた甘くも酸っぱくも、とにかくめえ林檎がおやつにでだでな。あえんた林檎はもう四半世紀は食ってねえな。

 あれ19の頃だべか。
最初、「わだば就職しねで音楽ばやる」ってお父に言ったっけ、うすらはんかくせえ呼ばわりされで怒鳴り散らされだっけな。
ところが、テメで稼いだじぇんこで大層なギターば買ったっけ、お父が話して聞かせでけだんだ。
なんでも、傍系だべども、まなぐの見えねえ縁者がいで、津軽三味線が大層達者だったって。それで「オメもじょんから節や越後獅子でもギターで弾けるようになれ」って。
そいえば、高橋竹山もまなぐが見えなかったなって。
いや、わが19の頃ったら、津軽三味線ったら既に伝統芸能えんたもんだ。
それで、辺鄙などごに住んでたから生で観ることはできねはんでども、津軽三味線ったら道南だら高橋竹山さ。
ところがだえ、本だの読むとなんもかもね。わいやな人生だね。
三味線は三味線でも津軽三味線ってのは、生きるための芸から始まったんだって。
何年だか前、吉田兄弟ってのが海外でも有名になったえな。
確かに音もいいし、オラだぢえんたやづにもとっつき易い曲もある。
これは個人の好みだから、偉そにくっちゃべる気にはならね。
だども、高橋竹山の三味線だば、強烈なボディ・ブロウえんた音もあれば、あんれ、なんて柔らけくて流麗な三味線だべなって驚かされる。
その、高橋竹山の伝記映画がこれさ。


tikuzan9992.jpg『竹山ひとり旅』
(1977年公開)

監督:新藤兼人
主演:林隆三
出演:高橋竹山(特別出演)
乙羽信子
金井大
倍賞美津子
島村佳江
観世栄夫
根岸明美
川谷拓三
戸浦六宏
殿山泰司
川口敦子
佐藤慶
高橋竹与(現・二代目高橋竹山)



 はい、僕がこんなクソ真面目な映画について書いてええのか?って感じですが、今日の記事は映画だけじゃなく、CD、書籍にも及びます。
なので、説明があんま親切じゃねーんで、興味があるしとだけ観て読んで聴いてください。
そーいった気が起きねーなら、スルーしてください。(偉そうに書いているわけではなく、映画は全て津軽弁だし、書籍も高橋竹山が口述した津軽弁を極力読みやすくしたものなので。)

 この映画、色々勿体ねーです。
まず、津軽の風景やらが素晴らしいです。
tsugaru00.jpg

tsugaru04.jpg

が、インディーだからかフィルムの保存状態がよろしくねーみてーで、音声なんかもノイズが混じっててリマスターして欲しいです。

 高橋竹山は、物心つくかつかねーかの頃に麻疹によって半失明になった三味線弾きです。
彼の口述を整理した自伝『津軽三味線ひとり旅』と本作でも同様のことが語られてます。

「麻疹にかがったら風邪ひかせだらわがんねって、暖かくさせだらのぼせでな。まなぐば開げだら星がみえでだ」


えー、本来であれば解熱しなきゃならんのに逆効果のことして失明したと。
が、「当時の医者はそえんたもんだ。盲腸の手術もできねんだもん」と自身が視力を失ったことを恨んでるよーな発言はねーです。
「オラだけでね。周りで五人も六人も盲(メクラ)になったのがいだ」と。

 関西における芸者なんかが弾く三味線は芸として認識されとりましたが、津軽三味線はそーじゃない。
上述のよーに医学が発展してねー上、ドドドド田舎なんで視力を失うしとが沢山いたそーで、そーいったしとは「ボサマ(坊様。津軽弁は名詞や動詞を一文字略す傾向がある。)」として三味線の弾き語りをする門付け芸人として、民家の前で弾いて歌って恵んで貰ってたっつー。
つまり、生きるために弾いてたわけで、現在のよーに伝統文化じゃなかったわけです。
歌舞伎も似たとこがありますが、もっと賤しい存在です。

 本作じゃ母親が「この子は耳がいい」と気付き、「メクラはボサマにならなければ」と三味線を買い与え、同じ境遇の三味線弾きに弟子入りさせます。
が、自伝によると、「ボサマの後をついて歌や三味線を聴くのは好きだったが、ボサマになるのは嫌だった」と記されております。

てかね、乙羽信子演じるオカンが出過ぎ。
監督が「低予算でも優れた作品は撮れる」っつーしとだったみてーなんで、地震で命からがら生き残ったエピソードや、満州時代のエピソードが割愛されるのは仕方ねーとして、高橋竹山の名を不動のものにした存在である佐藤慶演じる成田雲竹をラストにしか登場させねーのはどーかと。
三味線買ってあげたり、初婚や二度目の結婚、半ば失踪状態で嫁と行き先を探ったり、全然「ひとり旅」じゃねーだろっつー。
高橋竹山はボサマで東北・北海道を練り歩いた二十歳くれーの頃から成田雲竹の美声を知っていた発言があり、映画の最後(40歳前後。)に「成田雲竹です。私の歌に三味線を弾いてください」っつー展開は唐突すぎるかと。
でも、ええ映画だと思います。盲目=気弱、博愛、コンプレックスと偏見持っとるしとが多いと思いますが、ガキの頃からやんちゃだったことを考えると林隆三のワイルドな雰囲気は嫌いじゃねえと思います。

 ともあれ、Soul Kitchenとブログのタイトルにしつつ(サイトを開設しても同様の名称にするつもり。)ドアーズの代表曲の一つから拝借でもありますが「Soul」は外せねーな、と。
音も言葉も、僕ぁ絵を描いたり写真に情熱を注ぐこたぁねーですが、何事も巧拙以前に「いかに魂にうったえかけるか?また、どれだけ己の魂を叩きつけるか?」と思っとりますんで。
なお、CD聴くなら1963年に発表されたアルバムのCD版『源流・高橋竹山』がええと思います。
昨今、ベスト盤をリマスターしたもんもありますが。
genryu.jpg

hitoritabi.jpg
(冒頭訳)
 こんつは、ハンキー・ドリー・ハンクです。
あー、僕の生まれは北海道の寂れた漁村です。
が、親父の仕事の関係で物心つく頃には東京住まいです。
それが、なんの因果か再びガキの頃に故郷に戻りました。
ほら、田舎じゃねーですか?本州、特に関東から来た転校生っつーといじめのターゲットにされるわけです。
しかし、イカレた話です。都会から来た奴は「お高くとまってらぁ。いい気になんなよ」と言うくせに、一番お高くとまってんのはド田舎の奴らっつー。
この点が、僕が地元を離れた理由の一つですが、僕ぁガキの頃から悪知恵はありましたから、いじめられねーのにどーするか即座に把握しました。
郷には入れば郷に従えっつーやつですね。
なので、故郷の方言は昼間は学校の同級生との会話、夜は祖母との会話でした。英才教育ですね。
されとて、故郷は色んなとこから移住してきた人がおりまして、父方は北陸は富山の越中衆が起源、母方は結構な武家がルーツとのことでした。

 やー、不思議なもんで、故郷は様々な方言が混在しとりまして、同じ青森でも津軽、南部だけじゃねーです。ぐーっと下がって宮城、岩手、福島の方言もありますし、日本海を向けば新潟あたりの方言もあります。
が、津軽からカミさんをもらった家が結構ありましたんで、津軽弁がベースになったと思われます。
南部地方の方言もよく使いますけどね。
津軽から嫁を娶った家は羨ましがられました。
アンタ、漁師してお魚さんやら昆布を採って海の幸に困らねーのに、カミさんの実家からお袋どんが林檎だ米だって送ってくれんですから。
同級生の家に遊びに言ってですね、ママが津軽出身なら、フツー流通してねー美味しい林檎がおやつにだされたわけですよ。もう四半世紀もそんなん食ってねーです。

 ありゃ僕が19歳の頃ですかね。
当初「俺、就職しねーで音楽勉強すっから」って親父に言ったら、気が狂ったのかと言われてですね、怒鳴り散らされたもんです。
が、テメーで稼いだ金でフェンダーUSAのストラトキャスターを買いましたら、親父は遠縁ながら盲目の津軽三味線弾きが居たと。
んで「津軽じょんから節や越後獅子をギターで弾けるようになれ」と。
そーいや、高橋竹山も盲目だったな、と。
もうね、僕が19の頃から津軽三味線って伝統芸能と思われてましたから。
んで、ドドドド田舎ですから生で観られませんでしたが、津軽三味線っつーと道南じゃ高橋竹山なわですよ。
しかーし!自伝を読むと、しっちゃかめっちゃかで、ぶっ飛んだ人生っつー。
三味線っつっても津軽三味線は、その日暮らしの飯やらを恵んで貰うための芸が発端なんだって。
数年前、吉田兄弟っつーのが海外でも有名になりました。
確かに、洗練した音ですし、若者でも取っつきやすい曲があります。
ここいらは個人の趣味・嗜好なんでとやかく書く気はねーですが、高橋竹山の津軽三味線っつーのは、強烈なボディ・ブロウみてーな音もあれば、正反対に優しげで流麗な音もある。

そんな高橋竹山の伝記映画が本作なわけです。


<三味線じょんから(新節) - 初代・高橋竹山>

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映画『クロッシング・ザ・ブリッジ~サウンド・オブ・イスタンブール~』

2011年01月04日 12:19

 こんつは、ハンキー・ドリー・ハンクです。
あー、毎度エロい映像作品ばっか紹介すんのもなんなんで、今回は真面目に。
いやー、元日にカキ初めしましたら、ザーメンがめたくそ飛びまして...

<予定調和的オヤジギャグが始まりますので読み飛ばす準備をしてください。>

飛んでイスタンブールってか!ウホホ、アーハハ!
なあ、ヨシダくん、ささ、年始だからな、笑いたまえ!
...。
......。

書いてるこっちが一番痛々しい気持ちなんですよ!
冷め切った目で見つめないでください。よろしくって?(上から目線で。)

<逆ギレです。>

CTB.jpg
『クロッシング・ザ・ブリッジ~サウンド・オブ・イスタンブール~』
2006年公開
監督:ファティ・アキン
主演:アレキサンダー・ハッケ



 あー、初っぱなから少々脱線ですが、たまにキーワード検索による来訪で、「Soul Kitchen 映画」なんてのがあります。
すんません。たどり着いたのが「チンポ!まんこ!」連呼しとるお下劣ブログで。
んで、映画『ソウル・キッチン』を手がけた監督ファティ・アキンによる、イスタンブールの音楽ロード・ムービーがこれです。

 なんか、最初に結論書くのもどーかと思いますが、色々惜しいなぁ、と。
でも、断っときますけど、欧米諸国が認識しとるトルコ及びイスタンブールの歴史と、僕ら日本人が認識しとる歴史やイメージが異なるんで、本筋は退屈しちゃっても仕方ねーかな、と。
「カンヌ映画祭出品作」「メキシコ国際映画祭で賞を受賞」「大阪ヨーロッパ映画祭のオープニング作」とかの紹介に期待しちゃうと肩すかしかな、と。
一番惜しいと思ったのが、各国の文化が交差・融合する都市を舞台にしとるのに映像がイマイチなとこです。これでかなり損してると思いました。
istanbul.jpg
ガイドブックなんかで見られる美麗な風景じゃなく、わざとチープに撮ったのかもしれねーですが。

 ロード・ムービーですからストーリーはねーですが、イスタンブールのミュージック・シーンに魅了されたミュージシャンが、DAWソフト(音楽総合制作ソフト)をインストールしたノートPCとマイク12本を抱え、あらゆるミュージシャンと会っては録音するっつーもんです。
んで、そのナビゲーターをつとめるのがアレキサンダー・ハッケ。
ドイツの音楽集団アインシュテュルツェンデ・ノイバウテンのメンバーです。
音楽集団っつーか、よく言われるインダストリアルやノイズより「音楽の可能性追求集団」が適切なしとじとだと思います。
因みにアレキサンダー・ハッケの『サンクチュアリ』(これ、いずれ紹介しようかな。)はエスノ・ミュージックが好きな僕にとって、どストライクなんですが、ハッケやアインシュテュルツェンデ・ノイバウテンを知ってるしとって、かなりの音キチだと思います。
つまり、単に映画を観てるしとは「この髭のオッサンは何?誰?」と。
Alexander Hacke

昔、元クリームのジンジャー・ベイカーがアフリカへ旅立ち、現地のパーカッショニストとジャムるっつードキュメンタリーがありましたが、そんくらい知名度があるしとじゃねーと、知らねぇしとはポカーンです。

 一応、前述のとーり、色々と賞受賞したり話題になった作品らしいんですが、僕ぁ逆にそーゆーのを売りにされると萎えるんで無視しますが、イスタンブールのミュージック・シーンを、ロック、ヒップホップといった商業的なものから、様々な文化が融合した結果誕生した民謡まで網羅しようとしたのは拍手だと思います。
でも、70以上の民族がひしめき合うイスタンブールで、それらをきっちり紹介しきれるわけがないんじゃねーかと。
エスニック料理屋でご当地のCDをよく流してますが、漠然と見ちゃうとそんな感じです。
なら、どれか一本に絞って紹介しろって話ですが、これも悩ましい。
ロックっつっても、僕らが日々接してる洋楽や、洋楽コンプレックスから誕生したような現在の邦楽よりクォリティは低いです。
でもですね、根底に独自のメロディやビートがあり、それを現在主流である曲想に融合させとるっつー。
ヒップホップにしてもそーです。
なので、どっからどこまで紹介するかっつーのは監督も苦慮したんじゃねーかと。

 イスタンブールはトルコの首都っつーイメージは、中世から近代における文化の変遷、所在する位置が大きいと思います。
中世まではビザンツ帝国の首都コンスタンチノーブルとしてキリスト教圏でしたが、オスマン帝国の侵攻によりイスラーム文化に変わり、第一次世界大戦後、トルコ共和国建国にあたって首都から外れます。
ただ、ボスポラス海峡を挟んでヨーロッパとアジアと認識されており、その東西の交差点に位置することから現在も首都より重要な都市っつーイメージなんじゃねーかと。
実際、西にブルガリア、南は地中海、東は中東諸国に隣接しとるんで、過去の歴史だけじゃなくリアルタイムでも変化し続けるポジションにあると思います。
ただ、劇中に登場する市井のしとは「どこからどこまでが西で、東なのかなんて関係ない」「東西に分けて認識させようとしているのは、時の権力者の都合だ。ソ連崩壊後、新たな脅威(=敵)を作り出さなければならなくなったからだ」と、意に介してねーみてーですが。

 ともあれ、「イマイチな映画」と書きつつ、音楽ファンの僕ぁ色々興味をそそられました。
イスタンブールの重要地点であるボスポラス海峡の船上で演奏するバンドとか。
しかも、一見ロック・ドラムなんですが、スネアを民族楽器に変えて独自のビートを出してたり。
ガレージ系のロック・バンドはサウンド・クォリティは低いものの、その衝動性は昨今忘れられている初期ストゥージズなんかを彷彿させるもんでして、ちゃんとしたプロデューサーがつけばかなりのもんが作れそーです。
rec.jpg
あと、印象的だったのが、ヒップホップ仲間の意見のやりとりですね。
「見てくれや、要はアメリカの真似じゃないか」と言われれば「違う。俺たちは裏社会とは無縁で、クスリもやらない。自分たちの主張を通すことが重要で真似じゃない」と答え、若者らしい意見の交換がなされるシーンも観られます。
時間の都合か掘り下げて紹介されませんでしたが、放浪者を指すロマと呼ばれる音楽集団の演奏時に一瞬楽譜が見られます。
五線じゃなく、単にノートに音符だけを記したもんです。
score.jpg

こちらはベリーダンス調の曲に合わせてスーフィズムのよーにクルクル回るパフォーマー。
Sufism.jpg
イスラーム神秘主義がどんだけの割合か知りませんが、こーゆー活動しとるしともいて興味深いです。
劇中、個人的にたまげたのは、民族弦楽器でスパニッシュ・ギターのエッセンスと奏法でトルコ民謡を弾くバンドが出演するバーでのシーンですね。
Bar.jpg
そら酒も進むわっつー。
アンプの壁で大音量の音楽だけじゃなく、こーいった音楽も刺激的なのです。

 劇中にはイスタンブールのポップ・ミュージックを切り開いたしとや、ディーヴァとして伝説になっているしとも登場しますが、こちらも「もすこし掘り下げて紹介して欲しいなぁ」と。3 mustaphas 3
因みに、本作を見て興味が湧いてCDを買っちゃいたくなるしともいると思いますが、その前にたまに触れる3ムスッタファズ3を聴くことをオススメします。
インチキなバイオは「バルカン半島出身」ですが、作品毎にイギリスあたりの凄腕ミュージシャンが匿名で入れ替わり参加しとるバンドっつーよりプロジェクトみてーなもんです。
長らくCDの再発が無く、十年ぶりくれーに再発されたときに即買った思い出から『ショッピング』を採り上げますが、基本、エスノ・ミュージックが好きならどれもハズレはねーです。


 イスタンブールから離れますが、文化の交流が目まぐるしく行われている地域のバンドはおもれーです。
一応はアメリカのテキサス州にある、アメリカ最西端の街エル・パソ出身のバンドにマーズ・ヴォルタがいます。
街はほぼメキシコ人やラテン系移民が占め、英語よりスペイン語が用いられてるっつー。
んで、サルサなんかが活発なんだそーです。TheMarsVolta.jpg
ドアーズのWASP(Texas Radio Bigbeat)で歌われとるよーに、アメリカのラジオじゃ聴けねー風変わりな曲が流れてくる地域故、マーズ・ヴォルタの音楽性も「○○に似ている」と形容できても、決定的に違う点があります。
扇情的な曲に顕著なんですが、根底にサルサのビートを必ず取り入れてトリッキーな激しさを醸しだしてんだそーです。
観るしとを選ぶ映画だと思いましたが、久々に中庸じゃねー刺激的な音楽を聴きたい衝動に駆られたのことには感謝です。

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